既存の経済・社会の仕組みやルールでは達成できない「インパクト」を創出すべく、課題解決に挑む挑戦者と、彼らに伴走し続けるベンチャーキャピタリストの対談をお届けする「8 Answers」。起業家が社会に残そうとしている価値や情熱を伝えるシリーズだ。
今回は、2022年7月創業の株式会社フェイガーで代表取締役を務める石崎貴紘氏が登場。同社は農家向けに脱炭素の収益化をサポートするサービスを開発・提供している。2023年1月にはインキュベイトファンドから資金調達を実施したことを発表した。
代表の石崎氏は早稲田大学を卒業後、新卒でPwCアドバイザリー合同会社に入社。事業再生部門を担当した後に、YCP Solidianceのシンガポール支店で代表パートナーに就任。その後独立し、2022年7月に株式会社フェイガーを創業した。
石崎氏は海外赴任中に、沈みゆく日本経済に危機感を覚え、独立・起業を決意したという。インキュベイトファンドでジェネラル・パートナーを務める村田祐介氏は、事業の構想段階からマーケットリサーチや壁打ちなどをサポートしてきた。日本におけるカーボンニュートラルの実現(※1)に向けた課題や、脱炭素の収益化サポートサービスを立ち上げた背景などについて、2人に話を聞いた。
(※1)カーボンニュートラルの実現…二酸化炭素(CO2)の排出を実質ゼロにして、温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを目指す取り組み
【プロフィール】
株式会社フェイガー代表取締役 石崎 貴紘氏
PwCアドバイザリー事業再生部門、YCP Solidianceシンガポールオフィス代表パートナー等を経て現職。早稲田大学法学部卒業後、PwCの日本オフィスで幅広くコンサルティングプロジェクトを経験。専門テーマは脱炭素、農林水産業・食品関連、新規事業創出、海外進出支援など。YCP Solidianceシンガポールではコンサルティングとプリンシパル・インベストメントを行うオフィスの代表として、主に日本企業の海外進出や現地ビジネスの拡大に取り込んだ。2022年に株式会社フェイガーを設立後は、代表として日本及びアジアの脱炭素社会の推進に力を注ぐ。
インキュベイトファンド General Partner 村田 祐介
2003年にエヌ・アイ・エフベンチャーズ株式会社(現:大和企業投資株式会社)入社。主にネット系スタートアップの投資業務及びファンド組成管理業務に従事。2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。2015年より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会企画部長を兼務。その他ファンドエコシステム委員会委員長兼LPリレーション部会部会長を歴任。
シンガポールで感じた日本の「美点」と「課題」
ーーまずは、今までの経歴を教えてください。
石崎:早稲田大学法学部を卒業後、新卒でPwCアドバイザリー合同会社に入社し、事業再生部門を担当しました。その後、ブティック系コンサルディングファームを経て、YCP Solidianceに転職しました。YCP Solidianceではシンガポールオフィスの代表を務め、地方自治体の輸出戦略などに従事しました。キャリアとしては起業前に、日本で7年、シンガポールで5年働いた経験があります。また、働く場所や企業は変わりつつも、長く農業・畜産関係に携わっています。沖縄県に住み込みをして、あぐー豚の再生プロジェクトに参加したこともありました。
――元々、農業分野で起業したいという思いはあったのでしょうか。
石崎:実は、起業したいという思い自体、まったくありませんでした。ただ、海外勤務をしている中で、日本に対する危機感を持つようになりました。
海外で働くようになってから、日本人は約束を守ったり、人の役に立ちたいという利他的精神があったりするなど、素晴らしい国であることを改めて実感しました。それにも関わらず、日本経済が沈んでいることに対し、悔しい思いがあったんです。
そんな中、日本は他の主要先進国に比べて、特に「脱炭素化」への取り組みに後れを取っていることを知りました。加えて、海外では農業の脱炭素化の取り組みが盛り上がっていることもわかり、長年、農林水産業や食品関連などに携わっている自分なら、この分野に寄与できる事業ができるかもしれないと思い、農業×脱炭素分野での起業を決意しました。
――村田さんとはどのように出会ったのでしょうか。
石崎:フォースタートアップス代表取締役の志水雄一郎さんがきっかけです。たしか、突然メッセージをいただいたんですよね。採用関連の連絡かと思って面談をしたら、「君は起業するべきだ。ついては、イケているVCを紹介したい」と言っていただき、そのときにつなげてもらったのが村田さんでした。
村田:最初にやりとりをしたのは2022年1月頃だから、今からちょうど1年前ですね。そのとき、石崎さんはまだ起業しておらず、事業内容も「こういうことをしたいと思っている」という構想段階でした。ただ、私自身、脱炭素は興味のある分野だったので、2週間に1回の頻度で石崎さんとミーティングを重ね、3ヶ月ほどかけてマーケットリサーチや事業コンセプト作りなどをサポートしました。5月末には事業内容の骨格を固め、6月に正式な投資オファーをさせていただき、9月に投資実行しました。
日本でカーボンクレジットがうまく活用されていない
――事業内容が固まるまで、どのような課題があったのでしょうか。
村田:2020年10月、当時の菅内閣総理大臣が「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、カーボンニュートラルを目指す」と宣言した通り、脱炭素化は、国、いや世界規模で真剣に取り組まなければいけない課題です。そのために、企業や個人では温室効果ガスの排出量の削減が求められ、カーボンクレジット需要も高まっています。
一方で、「カーボンクレジット」(※2)は民間団体の自主的な取り組みに委ねられているため、似たような制度が乱立してうまく活用できなかったり、売買する際のチェック体制が未整備になっていたりするなどの課題もあり、うまく運営できていないのが現状です。
そこで、「J-クレジット制度」(※3)の担当者にコンタクトを取り、直接課題をヒアリングしたり、市場に関するリファレンスを取りに行ったりしました。
(※2)カーボンクレジット…植林や森林保全、再生可能エネルギー導入による温暖化ガスの削減効果を取引可能なかたちにしたもの
(※3)J-クレジット制度…温室効果ガスの排出削減量や吸収量をクレジットとして国が認証する制度。経済産業省、環境省、農林水産省が運用している
石崎:これらの取り組みをする中で、日本およびアジア諸国では、農業由来カーボンクレジット化に力を入れられていないことが分かりました。
脱炭素社会を実現するには、原発の建設やソーラーパネルの設置などの選択肢もありますが、日本は脱原発の動きがありますし、ソーラーパネルを設置する広大な土地も多くはありません。他方で、日本には農地がたくさんあるので、これを活用しない手はありません。
ーー日本におけるカーボンニュートラルの現状を教えてください。
石崎:地球温暖化対策推進本部は2020年3月に、「2030年度に2013年度比-26%(2005年度比-25.4%)の水準にする削減目標を確実に達成することを目指す」という目標を掲げていますが、省エネ等の自助努力を重ねても達成できないのは明らかです。
加えて、日本企業の多くは脱炭素の重要性を理解しているものの、具体的なアクションは控えめであり、他社の動向を様子見している状態です。そのため方針が定まらず、どれくらいの予算を組めばいいのかも分かっていません。このまま対応策を取らなければ、海外へカーボンクレジット購入のような形でお金を払う、ある意味(脱炭素という文脈において)搾取される国に堕ちてしまうことになります。
それに対し、もし私たちが提供しているボランタリーカーボンクレジットが日本で活用されるようになれば、日本国内での脱炭素エコシステムが実装され、脱炭素を実現しつつ産業の発展も同時に実現し、この分野で世界をリードできる国になると信じています。
ーー脱炭素関連の企業に注目が集まっていますが、その中でもフェイガ―ならではの強みは何でしょうか。
石崎:一番の強みは、農業×脱炭素分野の専門性です。フェイガーはカーボンクレジットの生成、調達、販売すべてのバリューチェーンをカバーしているので、例えば購入者となる企業様へは、より信頼性のあるクレジットの目利きや適切な価格での購入などのサポートができます。これらすべてを高い専門性を持って実務に取り掛かれる人は、今は国内にほとんどいないのではないでしょうか。
社名のフェイガーは古英語で「公平」を意味する 「フェアな関係を築ける組織でありたい」
――もともとは1人で起業する予定だったとのことですが、創業メンバーとして高井さんがジョインした背景を教えてください。
石崎:村田さんに壁打ちをしてもらう中で、「いい仲間を見つけたほうがいい」というアドバイスをもらったとき、前職の同僚だった高井のことが頭に浮かびました。高井は国内外のコンサルファームでの経験と、アジア各国での就農経験があったので、この人ほど弊社にマッチする人はいないと思ったんです。最初に相談したときは断られてしまったのですが、後日「やってもいいですよ」と快諾してくれて、2022年10月に参画することになりました。
村田:フェイガーのボードメンバーと私で週に1回、定例会議を実施していますが、CSO(Chief Sales Officer)の上本絵美さん含め、みなさん本当にチームワークのいい組織だなと常々感じます。その理由は、石崎さんの人柄にあるのだと思います。
石崎さんと最初に会ったとき、優秀かそうでないか、ということよりもまず、目の前のことではなく、「その先のこと」まで考えながら話すところに好感を持ちました。コミュニケーションのすれ違いも起きなかったので、事業の立ち上げや資金調達の話もスムーズに進みました。
石崎さんの強いオーナーシップがあるからこそ、メンバー間のコミュニケーションコストが削減され、みなさんが事業に集中できているのだと思います。
ーー組織づくりをする上で、どのようなことを意識しているのでしょうか。
石崎:私たちは、大切にしている3つの文化があります。1つ目は、「フェアであること」。 社名の「フェイガー(Faeger)」は、古英語で美しさ、公平・公正さを意味しています。社名の通り、社内外の人たちとフェアに向き合うようにしています。
2つ目は「フラット&オープン」です。役員も従業員も業務委託のスタッフもインターン生も、誰もが立場関係なく意見を言い合えるチームでありたいと考えています。
最後は「チャレンジ」です。スタートアップ、かつ新しい領域の事業だからこそ、あえてチャレンジングなことに取り組んでいきたいです。例えばこの間、ボードメンバーに、「今年は契約数を5倍にしましょう」と無茶なことを言ったら、みんなニヤッとしたんです(笑)。無理難題を押し付けたいわけではなく、高いレベルのことを求められたとき、「二ヤッ」と笑いながら楽しめる人が集まってほしいと思っています。
光の当たっていない「社会貢献」の分野に向き合い、課題を解決していきたい
――サービスの提供を開始してから約3カ月が経ちましたが、クライアントである農家や自治体からはどのような感想が上がっていますか。
石崎:金銭的なリターンが無いにも関わらず、「私たちに何かできることはないか」というボランティア精神で脱炭素の取り組みを進めている農家様が多く、利用者からは「このようなボランティアとして始めた取り組みに光を当ててくれてありがとう」と感謝の言葉をもらっています。
――ありがとうございます。最後に、フェイガ―の今後の展開を教えてください。
石崎:会社としてはまず、先ほどお話ししたような組織文化をこれからも維持・ブラッシュアップしていくことが目標です。そして組織が拡大した後も、会社とメンバーがただお金だけでつながっている関係ではなく、個々人が挑戦する機会をつくり、どのようなかたちであれ、弊社で働くことがその人の人生にとってプラスだと思ってもらえるような会社であり続けたいです。
事業に関しては、まずはこの事業を通して、日本が脱炭素社会という機会を活かし、搾取されるのではなくリードする国になることの一助になりたいと考えています。そして、それは日本ではなくアジアと主語を変えても同様で、日本を筆頭にアジア全体で脱炭素社会を実現しリードするような世界を作っていきたいと考えています。
< 株式会社フェイガー>
代表者名:石崎貴紘
会社URL:https://faeger.company/
募集中ポジション:https://faeger.notion.site/176ed6fac9364dfdbc4973d9cb3227ee
イベント開催のお知らせ
企業側のサステナビリティ推進への取り組みが不可逆となっている中、関連情報にキャッチアップしたいというニーズの高まりを受け、フェイガー代表石崎氏が、脱炭素社会実現を目指すスタートアップとともにIF主催のイベントに登壇いたします。イベントでは、ESG投資が注目される背景や国内外の企業の動きの現状、ESG関連スタートアップで働く面白さなどをお伝えする予定です。
■ Hello,ESG ~2030年までにCO2半減なるか?カーボンニュートラル活動を牽引するリーダーからみた実態~
日時:2月20日(月)20:00〜(19:50開場)
場所:オフライン(当選者にお知らせします)
詳細・お申し込み:https://m.incubatefund.com/event/hello_esg