既存の経済・社会の仕組みやルールでは達成できない「インパクト」を創出すべく、スタートアップを立ち上げ、課題解決に挑む挑戦者と、彼らと伴走し続けるベンチャーキャピタリストの対談シリーズ「8 answers」。起業家が社会に残そうとしている価値や情熱を伝えるシリーズだ。
今回は、株式会社Leaner Technologiesの代表取締役CEOの大平裕介氏が登場。同社の支出管理プラットフォームサービス「Leaner」は、出張費や交際費、事務用品費など、原価以外のコストを可視化したり、調達プロセスを改善することで、適切な支出管理活動をサポートする。大平氏は新卒入社した世界的なコンサルティングファームのA.T. カーニーで、多くの企業がコスト削減に苦戦している現状を知り、起業した。
そんな彼らにシード期から目を向けて出資を続けてきたのが、インキュベイトファンド株式会社 代表パートナーの本間真彦だ。本間氏は「Leaner Technologiesのビジネスは、コンサル出身者の強みを生かして有利に戦える条件が揃っている」と語る。大平氏と本間の対談により明らかにされるコンサル出身者の強みとは? その強みを起業の原動力に変える方法を探る。
【プロフィール】
大平 裕介 氏(株式会社Leaner Technologies 代表取締役)
慶應義塾大学在学中、2社に創業メンバーとして参画。 同大学卒業後、2016年にA.T. カーニーに新卒入社。主にコスト改革(Strategic Sourcing・BPR)、事業戦略策定などに従事し、2018年に当時最速でアソシエイトに就任。国内企業のコスト感度の低さ、危機感のなさを目の当たりにし、マーケット全体の問題として認識。 全ての企業が非連続的な成長を遂げるためにも、テクノロジーの力で企業のコスト管理機能を抜本的に変革することが肝要だと考え、 2019年2月に株式会社Leaner Technologiesを創業。代表取締役CEOに就任。
本間 真彦 (インキュベイトファンド株式会社 代表パートナー)
慶應義塾大学卒業後、ジャフコの海外投資部門にて、シリコンバレーやイスラエルのIT企業への投資、JV設立、日本進出業務を行う。アクセンチュアのコーポレートデベロップメント及びベンチャーキャピタル部門に勤務。その後、三菱商事傘下のワークスキャピタルにてMonotaRO社等、創業投資からIPOを経験。2007年にベンチャーキャピタリストとして独立。ネット事業の創業投資に特化したファンド、コアピープルパートナーズを設立。10倍のファンドリターンを出す。2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。国内投資に加えて、シリコンバレー、インド、及び東南アジアの海外ファンドの統括も行う。
コンサルの経験があったからこそ、200兆円のブルーオーシャンに目を向けられた
──今日はよろしくお願いします! はじめにLeaner Technologiesの事業内容について教えていただけますか?
大平:企業の支出管理をサポートするプロダクト「Leaner」の開発や提供をしています。数年分の会計データをアップロードすると、Leanerが自動で費用ごとにコストを分類し、削減すべき費用を指摘します。
企業のコスト削減に必要な機能を揃えたオールインワンの支出管理ツール「Leaner」
我々が対象としている間接費は、細々としたものが多いので見落とされがちなのですが、実は企業の売上高の10%が間接費に充てられているんです。日本企業全体で見ると、200兆円もの金額になると言われています。
──かなり巨額ですね。なぜ「間接費」に着目したのでしょうか?
大平:前職のA.T. カーニーで感じたジレンマが大きいです。コンサルタントとして、さまざまな企業のコスト改革を支援する中で実感したのが、デジタル化の遅れによるマーケットの不透明さと非効率でした。
間接費は、定義が広い上、Amazonのようなマーケットプレイスが存在しない。無数の商品から費目ごとに最適なものを選ばなければいけないうえ、見積もりを取らなければ価格がわかりません。さらに、他社との比較も難しいので、自社のコストが最適かどうかも判断しにくいんです。
間接費のコストを削減するためには、コンサルティングファームに数千万円単位のお金を払って依頼をするか、担当者がエクセルなどを駆使して自力で改善するしかありません。その規模の資金を出せるのは、一定規模の大企業に限られる。けれど、日本の99%は中小企業。多くの人たちは、経営企画や財務の担当者が膨大なデータを駆使しながら改善にあたっています。
一方で海外に目を向けると、日本円で時価総額2.5兆円を超える「Coupa」や、SAPグループの「SAP Ariba」など、画期的なサービスが次々と登場しています。日本も負けていられない。企業のコストのムダを可視化して、改善のアドバイスをし、ひいては自社に即したサプライヤーを提案する。そんなプロダクトを作ることができれば、大きな価値を提供できるはずだと考えました。
──実際の業務で抱いた問題意識が、起点になったんですね。
大平:そうですね。A.T.カーニーにはもともと起業のための修行のつもりで入社したのですが、当初は、まさかBtoB領域で起業するとは思っていませんでした(笑)。
いっとき、シェアリングエコノミーの領域にも目を向けたのですが、自分がやる意義を見つけられなかったんですよね。間接材はマーケット全体におけるペインポイントも大きかったですし、業務を通して現場の人たちの悲痛な叫びも聞いていた。この領域で勝負をかけようと決めました。
伸びると確信し、異例のスピードで出資。その裏にあった悲痛な失敗体験
──本間さんは、シード期からLeaner Technologiesに出資をしています。日本では、まだまだ未成熟な市場だったと思います。なぜ、出資を決めたのでしょうか?
本間:話を聞いた時点で「この領域は伸びる」と確信していました。これまでの投資経験から、デジタルが十分に参入してこなかった領域は、フィットすると急激に伸びる可能性があると実感していたんです。
私はインキュベイトファドの代表パートナーに就任する前、三菱商事の傘下にあったワークス・キャピタルで、工具用間接資材のECサイトを運営するMonotaROに出資しました。当初は「MonotaRoのビジネスモデルはうまくいかない」と言われていましたし、なかなか軌道に乗らなかった。けれど、徐々にオンラインを活用したマーケティング手段が確立されていき、急速に成長し始めたんです。創業から6年後の2006年には東証マザーズに上場、2009年には東証一部に市場替えがされ、今や「工具のAmazon」とも言われるぐらい確固たる地位を築いています。この経験から、BtoBのビジネスの爆発力を実感しました。
でも、成功だけではなくて……。実は、過去にラクスルの出資を断ってしまったことがあります。
──それはもったいないです。なぜ断ったのでしょう?
本間:ラクスルの代表の松本さん(ラクスル代表取締役CEO 松本恭攝氏)は、当時の投資先の社長から紹介を受けたのですが、A.Tカーニー出身で、コスト削減プロジェクトに関わるうちに印刷業界の非効率に気づき、その領域での起業を計画されてました。でも私は、リピート商材である印刷というプロダクトには、MonotaRoとの類似性を感じ、非常に魅力を感じたのですが、MonotaROの強みであった、扱う商品数の多さという特徴が出せないのではないか、と思ってしまって出資を断ったんです。結果、完全に私が間違っていました。そのあとラクスルは、大成功を収めました。非常に後悔したと同時に、MonotaRo、ラクスルのように、産業の課題を紐解き、デジタルを介入させることで起こせるインパクトの大きさを目の当たりにさせられました。
この2つの経験があったからこそ、大平さんの話を聞いた時にピンと来たんですね。確かに、間接費市場は地味に見えるかもしれない。けれど、これまでデジタルが参入しなかった領域に、自分自身のバックグラウンドを活かしながら取り組もうとしている。絶対に出資したいと感じて、「やりましょう」と即答しました(笑)。1度目は直接会い、2度目からは電話で話し合いましたね。そこではすでにバリュエーションの話もしていました。
──それは速いですね!
大平:そうなんです。僕も驚きました(笑)。
流行りの領域ではなく、今向き合っている業務の中にこそ企業のヒントがある
──大平さんは、前職での経験を通して業界の課題を見つけて起業しました。さまざまな業界の構造や課題をいち早くキャッチできることは、コンサルティングファームの利点だと思います。それはやはり、起業をする上でもプラスに働くのでしょうか?
本間:そうですね。間違いなくプラスになります。以前はコンサルタント出身の起業家は「頭でっかち」なんて言われてしまうこともありましたが、あらゆる業界でDX(デジタルトランスフォーメーション)化が急速に進んでいる今は、逆に有利に働くように感じられます。既存の産業にデジタルを組み合わせていくためには、業界の構造をよく知らなければいけない。事業会社だと特定の領域の仕事に偏ってしまうのと、現場の仕事が主なので、業界全体の構造を理解するのに何年もかかってしまう場合も少なくないんです。けれど、コンサルティングファームで働いていると、経営戦略など上流の部分に携われるうえ、膨大なリサーチと分析を通して、企業の業務や実務の裏側、業界の裏側に触れる機会が多くある。その価値にもう少し気づくべきだと思うんです。
大平:まさにその通りですよね。
──やはり、今の業務領域にこそチャンスが眠っている可能性があるんですね。
本間:そう思います。起業の相談に来る人の話を聞いていても、コンサルティングファーム出身なのに、自分のやってきたこととは関係のないこと、例えば、BtoCサービスで起業を考えるケースとかも多く見受けます。けれど、本当は自分がやってきた、コンサル業務のバックグラウンドを活かしてビジネスをすれば、ブルーオーシャンを切り開き、成功につながる可能性だってあるんです。ラクスルはまさにそのパターンですよね。
大平:僕はコンサルティングファームにいて感じたのは、「起業したい」といいつつもなかなか行動に移さない人が多いことでした。多分、コンサルティングファームに入ってから起業を志す人は、サポートをするのではなく、自分自身の手で何かを動かしたいという気持ちが強いんでしょうね。だから、BtoCのように多くの人に使われるプロダクトを作る領域に憧れるのかもしれません。けれど、そういうパターンだと自分がやる意義が見出せなかったり、競合が多くて勝ち筋が読めなかったりしてなかなか起業に踏み切れない。
だから僕も、今担当している領域で業界のペインポイントを見つけ、それを解消するようなプロダクトを考えるのが、コンサルティングファーム出身者の強みを発揮できるのではないかと思います。
自分の手で生み出したプロダクトで、誰かの期待に応えられる魅力がある
──コンサルティングファームでの経験をもとに2018年の2月に起業。大企業も含めた30社に導入され、2020年9月には「ICCサミット KYOTO 2020」のスタートアップカタパルトでも優勝しましたね。この約2年を振り返ってみていかがですか?
大平:自分が生み出したプロダクトで、第三者の期待に応えられているという手触り感が最高ですよね。実は僕、子どものころにウルトラマンやアンパンマンに憧れていたんです。「誰かの期待に応えることが一番かっこいい」と思っていましたし、それが僕にとっての一番の幸せだと。
ICCで優勝したのも「僕自身に注目が集まる」というよりは、事業の意義を伝えることで、共に汗をかいて一緒に作ってきたメンバーの取り組みが評価されたのだと嬉しくなりましたね。
導入社数が増えているのも、私たちへの期待の現れのはず。実際に、1億円近い金額を削減できた企業も現れ始めていて、さらにエクスパンションしようみたいな話が社内で出てきているそうです。
──1億円……かなり大きな金額ですね。
大平:エクスパンションするということは、より期待をされるとことだと。もちろん結果が求められる以上、プレッシャーがかかる環境だと思うんですけど、私たち自身も成長をして期待に応えられるサービスを生み出してていこうと、モチベーションが上がっています。
──周囲の人たちの期待に応えていくために、今後Leaner Technologiesをどのような会社に育てていきたいですか?
大平:自分たちのサービスに対する「矜持」と、絶対に辞めないという「不撓」、プロセスも含めて心から楽しめているという「青春」。この3つのキーワードを大切にできる会社にしていきたいです。
「矜持」は、顧客やチームメンバー、投資家といったあらゆるステークホルダーに対して胸を張れる行動をして、期待に応えていくために大切だと思っています。
それを実現させるために必要なのが、「不撓」。ステークホルダーの期待に応える以上、高いレベルを求められ続けて、途中でやめたくなることもあると思うんです。けれどやり切るためには、自分たちはなんとしてでも世界を変えていくんだというモチベーションがすごく大切です。
また、世界を変えていく過程は楽しいことばかりではないでしょう。「青春」は、楽しさも辛さも、チームメンバー全員で楽しんでこそモチベーションが上がっていくはずだと考えて、大切にしている感覚です。密なコミュニケーションを取っていくことで、団結心も生まれていきますし、何があってもみんなで越えていこうという気持ちが芽生えていく。
本間:その一体感は、Leaner Technologiesのカラーかもしれませんね。みなさんを見ていても、率直に意見を言い合えているし、サービスのことを真摯に考えているメンバーが多い印象があります。雑談の場でも、ゼロベースの議論がよく起こっていて、そういうところは好きですね。
──メンバーのあいだでミッションが共有できているんですね。
大平:そうですね。私たちは「日本中の経営をLeanにする」というビジョンと「調達のスタンダードを刷新し続ける」というミッションを掲げています。支出管理・調達のスタンダードのあり方に関して、その答えはまだ日本にはありません。その問いを自分たちに問い、アップデートし続けていくことがとても重要だと考えています。
第一段階では、私たち自身が「スタンダード」を作り上げる。その上で、自分たちが作ったスタンダードを壊し、新たな定義を作る。そうやって、僕たち自身も、そして社会もアップデートし続けていきたいと考えています。
──ありがとうございました。