既存の経済・社会の仕組みやルールでは達成できない「インパクト」を創出すべく、課題解決に挑む挑戦者と、彼らに伴走し続けるベンチャーキャピタリストの対談をお届けする「8 Answers」。起業家が、社会に残そうとしている価値や情熱を伝えるシリーズだ。
今回は、宿泊業界のDXを手がける株式会社SQUEEZEの代表取締役CEO舘林真一氏が登場。宿泊業界は、新型コロナウイルスの流行で大きな打撃を受けた。SQUEEZEも、一時は売上が大幅に落ち込んだという。しかし、見事に持ち直し、2020年4月には9億円の資金調達を実施、2021年5月にはJR東日本グループとの資本業務提携を締結し、宿泊業界のDXを推進させている。
同社は、パンデミックの他にも、さまざまな外部環境の変化にさらされてきた。それらをチャンスに変えて着実に歩みを進めている。なぜ、危機的な状況を成長の火種に変えられたのか。インキュベイトファンド株式会社 代表パートナーの本間真彦とともに、SQUEEZEの軌跡を振り返る。
【プロフィール】
舘林 真一氏(株式会社 SQUEEZE 代表取締役 CEO)
東海大学政治経済学部卒業後、ゴールドマンサックス証券シンガポール支社に勤務。その後、トリップアドバイザー株式会社シンガポール支社にてディスプレイ広告の運用を担当。2014年9月、株式会社SQUEEZEを創業し代表取締役CEOに就任。
本間 真彦(インキュベイトファンド株式会社 代表パートナー)
慶應義塾大学卒業後、ジャフコの海外投資部門にて、シリコンバレーやイスラエルのIT企業への投資、JV設立、日本進出業務を行う。アクセンチュアのコーポレートデベロップメント及びベンチャーキャピタル部門に勤務。その後、三菱商事傘下のワークスキャピタルにてMonotaRO社等、創業投資からIPOを経験。2007年にベンチャーキャピタリストとして独立。ネット事業の創業投資に特化したファンド、コアピープルパートナーズを設立。10倍のファンドリターンを出す。2010年にインキュベイトファンド設立、代表パートナー就任。国内投資に加えて、シリコンバレー、インド、及び東南アジアの海外ファンドの統括も行う。
シンガポールから北海道の民泊を運営。“リモート民泊運営”が起業の契機に
──今日はよろしくお願いします! まずは、SQUEEZEの事業内容について教えてください。
舘林:SQUEEZEは、「空間と時間の可能性を広げるプラットフォームになる」というビジョンのもと、宿泊事業者向けのDXソリューションと、スマートホテルの運営をしています。
ホテルや旅館など、宿泊施設の経営は、人の「ホスピタリティ」が重視されてきました。非常にいい面でもあるのですが、人の力に頼りすぎてしまい、属人的で非効率な運営が行われています。それらを解消するために、宿泊施設運営に関わる業務をクラウドで一元管理できる「suitebook(スイートブック)」や、電話対応・チェックインチェックアウト対応などのフロント業務を部分的にクラウドでアウトソースできるサービスも展開しています。
「suitebook」の利用イメージ(提供:SQUEEZE)
合わせて、スマートホテルの「Minn(ミン) 」と「Theatel(シアテル)」という自社ブランドのホテルも運営。予約から施設利用まで、全てオンラインで完結するのが大きな特徴です。自社のホテル運営においても「suitebook」をフル活用しています。クラウドコンシェルジュが、遠隔でゲストの旅をサポート。非対面でのチェックイン・チェックアウトが実現する(提供:SQUEEZE)
──かなり画期的な事業だと感じました。舘林さんは、なぜ宿泊業界に目を向けたのでしょうか?
舘林:観光市場の成長を実感したことが、大きなきっかけとなりました。
私は大学卒業後、シンガポールに渡り、オンライン旅行代理店のトリップアドバイザーで働いていました。日本企業向けにインバウンドの広告運用や集客サポートをしていたのですが、2013年ごろから訪日旅行者向けの広告の出稿が増えていったんです。仕事を通し訪日旅行者市場の著しい成長を実感し、日本の観光産業に対する大きな可能性を感じていました。
ちょうど同じ時期、私の出身地の北海道でアパート運営をする両親から、「空室が埋まらずに困っている」と相談を受けました。そこで、試しにAirbnbに登録し、民泊として貸し出すことに。すると一気に利用者が増え、家賃収入の5倍近くの収入を得られたんです。
これらの経験から、帰国して観光・宿泊業界で起業をすることを視野に入れ始めました。
──同じ物件なのに、用途を変えただけで反応が変わったのですね。
舘林:民泊で旅行者に貸し出した途端に付加価値が上がったことが、非常に面白いと感じました。しかも、北海道の物件の運営が、シンガポールから遠隔でできたことが、大きな気づきになったんです。清掃は近所の方に依頼できましたし、ゲストとのやりとりはSkypeやLINEで十分に行えました。ホスピタリティが重視される宿泊施設の運営は、「現地に人がいないと成り立たない」と思われがちですが、オペレーションを分解していけば、最適化できる余地があると考えたんです。
本間:「リモートで民泊運営ができた」という話は、私も非常に興味を惹かれました。私自身も、宿泊施設の業務は全て現地で行わなければいけないという認識を持っていたのですが、テクノロジーや新興のサービスを掛け合わせることによって、それらが覆されるかもしれないと実感しましたね。
宿泊施設のオペレーションを切り崩し、効率化させ、新たな付加価値を作ることによって、これまでにはなかった新しい価値が生まれていくはず。そう2人で納得できたことから、投資をして、伴走し始めました。
舘林:正直、起業は数年先かな……と考えていたのですが、本間さんとお話しししていくうちに感化され、2014年の9月にSQUEEZEを立ち上げました。
法改正とパンデミックの打撃。新たなニーズを捉えて巻き返しをはかる
──起業後は、どのように事業を展開していったのでしょうか?
舘林:まずは、民泊のトータルサポート事業からスタートしました。当時、日本では住宅の空室率が非常に高かった反面、インバウンドの伸びによるホテルの供給不足が課題でした。
北海道での経験を生かして民泊の運営をサポートし、稼働率を上げていけば、この乖離を埋められるのではないかと考えたんです。クラウドソーシングサービスを開発し、提供開始から2年半ほどで合計予約件数が3万件に到達。着実に実績を伸ばしてきました。
しかし、民泊の宿泊提供を規制する「住宅宿泊事業法」が2018年6月に施行。民泊事業を行う場合には各都道府県への届け出が必須になるうえ、営業日数の上限が180日以内となり、規制が厳しくなりました。
──民泊運営へのハードルが高くなってしまったのですね。
舘林:はい。民泊に特化し続けるのは、厳しいかもしれないと感じました。しかし、ちょうど同じ時期にホテルや旅館を対象にした「旅館業法」が改正されたんです。宿泊事業者の非対面での運営が可能になりました。
「これは、民泊事業で培った知見を、ホテル事業者に広げていくチャンスなのではないか」と考え、一気に切り替えていきました。
本間:もともと民泊で第一想起してもらえる状態にして、いずれはホテル事業に広げていく計画は立てていました。あまり悩んでいる様子はありませんでしたよね。
舘林:そうですね。ゲストの募集、予約管理、チェックイン、清掃など、民泊とホテル運営の業務は似ている部分が多いです。民泊で培ったオペレーションの知見を武器にして「suitebook」の開発と、IoTを活用したスマートホテルの「Minn」を2017年8月に開業しました。
民泊での実績があったので、ホテルのオペレーションもプロダクトの導入も、比較的スムーズでしたね。
株式会社 SQUEEZE 代表取締役 CEO 舘林真一 氏
──逆に、民泊との違いで苦労した点はありましたか?
舘林:ゲストの期待値コントロールが難しかったです。「集客と宿泊の効率化」だけだと非常にシンプルなのですが、そもそもホテルや旅館に宿泊するゲストは、ホスピタリティに期待を寄せている人も多いんです。
私たちが運営している「Minn」や「Theatel」は、「非対面・非接触」であることを最初は記載していませんでした。「人に接客してもらえなくて、がっかりした」などのネガティブな評価をいただくこともありました。
自分たちのコンセプトをハッキリと明記したことで、新しいホテルの形を求めるゲストにご利用いただけるようになり、満足度が上がっていきました。
──素晴らしいですね。着実に成長を遂げてきたのだと思いますが、2020年は新型コロナウイルスが流行しました。インバウンド需要が見込めなくなり、打撃は大きかったのではないでしょうか。
舘林:当初は、かなり大きな痛手でした。収益の柱が直営のスマートホテルだったうえ、その8割近くがインバウンドだったため、2020年の3〜4月の売上は大きく落ち込みました。しかし、思わぬ追い風が吹きました。
DXソリューションの「suitebook」システムの導入や、スマートホテル運営に対するコンサルティングの需要が増えていったんです。宿泊事業者の売上が厳しくなり、固定費の削減や運営の効率化のほか、感染症対策で非対面の需要が高まったからだと分析しています。そこで、DXソリューション事業に注力することに決めました。
さらに、外部の「DX推進室」として関わってほしいという依頼をいただく、「DX案件」が大幅に増えました。JR東日本グループからも、DXの側面で注目いただき、業務資本提携をしてJRの全国規模のホテルチェーンにて実証実験をしています。
JR東日本 ホテルメッツでの実証実験の様子(提供:SQUEEZE)
また、スマートホテルも、帰国者の隔離やオリンピック関係者のニーズを捉えて、平均稼働率が7〜8割にまで回復しました。当初から強みとしてきた「非対面・非接触」というオペレーションとIoTを活用した運営体制が評価いただけているのだと実感しています。
──「住宅宿泊事業法」の成立も新型コロナウイルスの流行も、かなり大きな波だったと思います。一連の対応について、本間さんはどのように見ていますか?
本間:多分、会社が3回倒産しても足りないぐらいの危機だったと思います(笑)。それでも、状況を素早く捉え、適切な意思決定して乗り越えていますよね。
宿泊業界は、ゲストの命を預かる側面もあり、非常に硬い業界でもあります。もともと、スタートアップは参入しにくいんですね。しかし、世の中で大きな変化があった時こそ、既存のルールに縛られないスタートアップが力を発揮できるんです。規制の強化もパンデミックも、大きな波ではありましたが、「宿泊」に対する認識が変わるタイミングだったように思います。舘林さんは、この波を捉えて乗りこなせている印象がありますね。
舘林:ありがとうございます。私は普段から、さまざまな立場の人の話を聴くことを大切にしているんです。宿泊業界だけでなく、不動産業界の人たちとも話して情報を集めています。それらの積み重ねが、市況の変化を早く、多角的に捉えることにつながっているのかもしれません。お話ししてくださる皆さんのおかげですね。
本間:コロナ前からも不動産業界の市況も見ながら、「この好況はなかなか続かないのではないか」「スタートアップなのだから、もう少し攻めていこう」などとよく議論をしていましたよね。
舘林:私を含め、経営者には「攻めたい気持ち」と「不安な気持ち」の両面があると思うんです。そのようななかでも、自分で納得をして自信を持って意思決定していきたいですしし、変化を味方につけていきたいと考えています。
2回の大きな山によって、方向転換をすることになりましたが、変革の起こりにくかった宿泊業界で、DXが加速するきっかけになったと感じています。業界全体が変化の必要性を実感したことは、過去を振り返ってもありませんでしたよね。この流れを味方にして、新しいホテルの価値を提供していきたいです。
SaaS×オペレーションの知見を生かし、まちづくりの領域にも広げる
──お話を伺ってみて、今はまさに宿泊業界の変革期にあるのだなと実感しました。アフターコロナでは、ホテルの在り方はどのように変わると考えていますか?
舘林:おそらく、今後はインバウンドを中心に宿泊のニーズは高まってくると思います。「例え市場の勢いが戻ってきたとしても、オペレーションの省略化や効率化をしていきたい」という声は実際に寄せられていますし、固定人件費を抑える動きは加速していくと考えています。
──SQUEEZEの介在価値も高まっていきそうですね。
舘林:私たちは、システムの提供だけでなく、DXを通してホテルや旅館運営のオペレーションそのものを変えていきたいと考えているんです。日本の観光市場の理想のあり方を考えると、もっと多くの外国人に来ていただき、日本の魅力を知っていただくことが重要です。そのためにも、日常のアナログなルーティンワークをデジタルの力で省力化し、ホテルや旅館のスタッフの方々が料理やホスピタリティに注力して、ゲストの満足度を最大限に高めていけるような世界を実現していきたいですね。
インキュベイトファンド株式会社 代表パートナー 本間 真彦
本間:システムの提供だけでなく「オペレーション」の部分から入り込んでいる点はSQUEEZEの大きな強みですよね。これらを活かしてければ、宿泊業界にとどまらず、さまざな業界への展開も期待できます。
──ホスピタリティの強化はもちろん、いろいろな場面での活用が見込めるのですね。
舘林:宿泊業界で培ったオペレーションの知見を生かして、いずれはまちづくりにも携わっていきたいと考えています。不動産会社や鉄道会社と連携し、小型の有形資産や不動産の活用も始めたところです。
例えばJR東日本さんは沿線のまちづくりや駅前開発・再開発を検討されている駅もあり、特に小さい物件は有効活用できるところがたくさんあります。そこを私たちがスマート化し、損益分岐点の低いオペレーションを可能にすることで、小さな物件でも宿泊施設として有効活用できるんです。
宿泊業界が変革の最中にあり、他業界にもノウハウを転用していく。ここからが面白くなるフェーズだと感じています。
本間:宿泊業界には、外界の変化の影響を受けるリアルビジネスならではの難しさがあります。攻めの決断だけでなく、「負けない」ための保守的な意思決定も、時には必要です。今後も多角的に情報を取り入れ、変化を味方につけながら勝ち抜いていってほしいですね。
──ありがとうございました。