既存の経済・社会の仕組みやルールでは達成できない「インパクト」を創出すべく、課題解決に挑む挑戦者と、彼らに伴走し続けるベンチャーキャピタリストの対談をお届けする「8 Answers」。起業家が社会に残そうとしている価値や情熱を伝えるシリーズだ。
今回は、エンターテイメント領域で3つの事業を展開する株式会社stuで、代表取締役を務める黒田 貴泰氏が登場。インキュベイトファンドからは、2022年にはシードラウンドで、2023年4月にはシリーズAで資金調達をしたことを発表している。
日本から世界で勝てるコンテンツを産み出すためには?その現状や、黒田氏が捉えている課題感、そして道筋についてを黒田氏と同社と伴走するインキュベイトファンドの代表パートナー赤浦に聞いた。
【プロフィール】
株式会社stu 代表取締役 黒田 貴泰
2018年4月に 株式会社stu を設立。クリエイティブとテクノロジーの横断領域を中心としたハイエンドなプロダクション業務をスタート。 現在は5G・xR・AIといった先端技術領域と、映像体験・体験デザインといったクリエイティブ領域を掛け合わせた、エンターテイメントコンテンツカンパニーの最先鋒として、様々な分野で活躍している。
インキュベイトファンド 代表パートナー 赤浦 徹
ジャフコにて8年半投資部門に在籍し前線での投資育成業務に従事。1999年にベンチャーキャピタル事業を独立開業。以来一貫して創業期に特化した投資育成事業を行う。2013年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。2015年7月より常務理事、2017年7月より副会長、2019年7月より会長、2023年7月より特別顧問就任。
ネット黎明期のアーティストヒットの基盤を作ったプロデューサーが、「多才なクリエイターを集める」ために作った受け皿
――「stu」は、エンターテイメントを軸に3つの事業領域を持つ会社です。スタートアップとしては珍しい事業体ですが、どのような起業の背景だったのでしょうか。
黒田:当社は、5Gやメタバースなどの「デジタルテクノロジー」、デジタルアートも含む空間と平面の「クリエイティブデザイン」、「コンテンツIPの開発」の3つの事業を主軸に展開しています。
元々は、27歳で設立した「ワイドワイヤワークス」という会社で「初音ミク」のようなバーチャルアーティストのライブステージや、米津玄師・LiSAなどネット発のアーティストのメジャーデビューをプロデュースしていました。その会社を売却した後に、自分の成功体験を振り返って「才能のあるクリエイターを集める」形に特化して立ち上げたのがstuです。
たまたま、当時のオフィスが近くて交流のあったカルタホールディングスの宇佐美さん(編集部注:株式会社 CARTA HOLDINGS 代表取締役会長兼CEO 宇佐美 進典氏)に、「起業してIPOを目指していくこと」に対して相談させていただきました。宇佐美さんから、「メリットもデメリットもいろいろあるけど、ロマンだよね」と伺って興味を持って。本気で目指してみるのであればということで、私の考えに共鳴してくれそうな投資家として赤浦さんをご紹介していただいたというのが起業の経緯です。
――赤浦さんも、日本からエンタメ産業を盛り上げるというところに思いをお持ちだったと。
赤浦:自分でも研究をしていました。宇佐美さんからご紹介いただく起業家は素敵な方ばかりなので、すぐに黒田さんのオフィスに伺って。事業の説明を聞きながら、黒田さんとであればやりたいことをやれそうだ、とその日のうちに思ったのを覚えています。
黒田:創業3年目の当時僕たちが主軸として考えていたのは、メタバース領域の事業とエンターテイメント領域の事業、2つの話をさせていただきました。アーティストのプロデュースをしたり、これからドラマを作ることも考えていると話したところ、赤浦さんが立ち上がってのめり込んでいたので、そこに思うところがあったのかなと。エンターテイメントの部分で共感していただいたのは、非常に嬉しかったです。お話はスピーディーに進みました。
――黒田さんと赤浦さんの中で、日本のエンターテイメント市場に対する思いが共鳴したのですね。
赤浦:最初に黒田さんにお会いした日に、なぜHYBE(編集部注:韓国の総合エンターテインメント企業)の時価総額が一兆円で、日本のエンターテイメント企業が数百億円なんだ、そこにグローバルチャレンジをしたいんだ、という相談をしました。次にはお会いした時に、米津玄師や鬼滅の刃の主題歌を歌っているLiSAさんのような、いま一世を風靡しているアーティストのデビューをマーケットインでプロデュースしていた話など、いろいろなエピソードや思いを聞いて、業界からの信頼も厚いことを感じ、自分の中でも黒田さんとご一緒するイメージがどんどんふくらみまして。元松竹で芸能プロダクションをやっていた方や、ユニバーサルミュージックの方など業界関係者の方ともお会いする機会があり、彼らとも課題感を共有できたことで、いまがタイミングじゃないかと感じました。
その後SKY-HIこと日高さんと意気投合して同じ課題感を持っているBMSGさんとも様々な形で協業を行う形になっていったという経緯がありましたが、この当時はまだ今ほど色々なことが具体的ではなかったんですよね。
「YOASOBIがグローバルのビルボードで首位獲得」、のような日本のコンテンツ産業の変換点をstuがつくる
――韓国の事務所が時価総額で抜きん出ているというのが現状かと思いますが、日本と海外のエンターテイメント業界を比較して何が違うのでしょうか。
黒田:1990年代から2000年代までは、韓国が日本のコンテンツの作り方や在り方を模倣していたように思います。そこから先を目指そうというタイミングでアメリカがターゲットに切り替わりました。例えば、海外留学生の数が人口対比で圧倒的に韓国のほうが多かったり、映像領域でも、ハリウッドに学びに行って帰ってくる若者がどんどん増えていくなど。その結果、日本の遥か先を行っていたアメリカのワークフローを韓国がどんどん輸入して、グローバルスタンダードをキャッチアップしたというのが、いまの韓国のドラマや音楽の一番のポイントになっていると思います。逆に、日本はこの30年間、国内の市場に向けたワークフローが固まってしまったので、グローバルスタンダードとの解離が大きくここをハックしたら少なくとも国内トップクラスには潜り込めグローバルに挑戦できる可能性もあると思ったのが入り口です。
――10年後のstuは日本でどのような存在になっていますか。
赤浦:元々グローバルチャレンジをしようと言ったのが入り口なので、”日本で”ではなく、世界でプレゼンスを発揮していると思います。ビルボードで日本のアーティストがトップになったのは、YOASOBIが初めてですか?
黒田:グローバルチャート1位はYOASOBIがはじめてです。
赤浦:世界のエンターテイメントという業界の中で、stuが特定のポジションを作っています。今までは想像しえなかったかもしれませんが、グローバルを普通に見据えて、素晴らしい才能がある人たちを集めて、そのときに合った音楽やドラマや映画などのプロダクトを作っていけるチームです。
「またstuが仕掛けている!」という風になっている気がします。アウトプットの仕方は、クリエイティブコンテンツ、アニメ、ドラマ、映画、音楽、イベントなど、時代やコンテンツの特性に合わせて、グローバルに向けて提供しているのではないかと。
黒田:HYBEから新しいアーティストがデビューすると、「HYBEのアーティスト」が好きな人たちが集まってきて、新人でも数千万再生になりますよね。韓国がやっていて日本がやっていないのが、コンテンツマーケティングのPDCAとブランドマーケティングの蓄積なんです。グローバルに売っていくために、各国でCRMを徹底してやるのが文化としてあります。
確かに、リージョンごとにコミュニティを作って新しいお客さんを増やしていったら、新しいアーティストにもファンが着くから普通に考えたらやったほうがいい。日本はアニメはグローバルコンテンツだと言われていますが、自主的には仕掛けていません。「推しの子」も海外の人気コンテンツではありますがオフィシャルなファンコミュニティはないので、アンオフィシャルコミュニティが乱立して、誰も管理しないから蓄積しない、というのが日本のコンテンツ産業の現状です。
stuのコアコンピタンスのひとつに「強運」というのがあるのですが(笑)「これからはCRMだ」と思った翌々日に、某海外の芸能事務所のCRM室長を案内されて、入社が決まりました。既存のコンテンツのファンが数珠つなぎに次のコンテンツのファンとして繋がっていくような、韓国がやっているマーケティングモデルを、まずは愚直に構築する所からスタートしようと思っています。日本企業としてのオリジナリティはその先で良いかなと。
赤浦:コンテンツの消費者の在り方が変わると同時に、メディアの在り方も変わっていきます。本当に時代に合った面白いものやウケるものをstuが生み出しやすい環境に切り替わってきていると思います。時代の最先端をうまくプロデュースできて発信できるポジションにstuがいます。
グローバルで戦えるコンテンツをつくるために、既存のシステムや構造のアップデートの可能性を信じられる人とチームを作りたい
――日本からグローバルで戦えるコンテンツを産み出すためのチーム作りをどのように行っていきますか。
黒田:去年の3月にインキュベイトファンドから出資をしていただいたのですが、そこから1年、映像やコンテンツのIPの創出に本格的に動き出してきました。オーソドックスなグローバルなワークフローの実証をまずは受託ベースでプロジェクト単位で行っています。それと並行して、ネットフリックスやテレビ局、映画会社に向けて、グローバルに対応できるコンテンツの開発、発信をしていますが、引きが強くて、一言では説明できない色々な要素が勝手に集まってきたんです。
赤浦:本当に、勝手に集まってきているように見えるんです。黒田さんがいろいろな種まきをしているのだと思いますが、引き寄せる力がすごく強いなと。
黒田:僕もうまく説明できないんです。毎年、箱根神社にお参りに行っているのがいいのでしょうか(笑)。
赤浦:いろいろなタイミングと縁が繋がって。黒田さんはとにかく器用です。かつ周りの人を仕切ってうまく物事を進めるのが上手です。
黒田:ファシリテーションをいつも大切にしています。集まった全員にメリットがあるように動くようにしています。僕にも当然やりたいことはありますが、やりたい人で集まったら動いていくという理屈です。
――赤浦さんもご一緒して一年経っていると思いますが、黒田さんやstuの強みは何ですか?
赤浦:まず、個としてすごく能力がある人が集まっています。その個として強い人たちを黒田さんがうまく仕切って進めていくことができるのがstuの強みです。持てるケイパビリティの中でやりたいことをやろうと決めたときに、それに適した人たちが自然に集まってきて、結果、大物も含めていろいろな人が巻き込まれて、言った通りのことが形になっていきます。段取りと仕切りがすごく上手。あとは、箱根神社でしょうか。
黒田:最後は箱根です(笑)。
採用面は、リファラルが強くて。どの職種でも優秀な人の周りには優秀な人が多いですよね。創業時から、優秀な人の周りの人を辿って採用しているので、いまのところ強い人が集まっています。
組織の面では、側から見ると器用に見えるのも事実だと思いますが、手広く何でもできるがゆえにフォーカスを絞ることができていないのが課題です。今まで誰もやっていないことをリスクを取ってやってみて、実現するところは強いのですが、これからは更に進化させていって、自分達のプロジェクトを受託ではなく自分たちでやりきるところに持っていかないといけない転換点だと思っています。
――黒田さんの根本の思いを教えてください。
黒田:グローバルに大きなチャレンジをしていきたいです。もうすでにやられていることや成立しているマーケットにあまり興味がありません。受託事業は、売上自体は結構伸びているのですが、違う要素をそこに持ってくることで化学反応が起きたり、若い層で違うレベルのことができるようになったりということがうまく回っている状態なので、その新しい挑戦をもっと仕掛けていきたいです。
――どのような人と働きたいですか?
黒田:頭が柔らかい人がいいと思っています。さっきの話と繋がってきますが、例えば、映像を作るにしても、広告には広告代理店のやり方、映画には映画会社のやり方、テレビドラマにはテレビ局の作り方があると思うのですが、それがグローバルで見ると最新のものではないということも起きています。そのアップデートに可能性があるということを信じられる人がいいと思っています。日本にいると困らないので、そんなことやる必要ある?って言う人は実は結構います。特に最前線にいる人ほどうまくいってるからそれ以上のチャレンジをする必要がなかったりします。
むしろそこで閉塞感を抱えていたり、新しいことをやりたいけどどこで出来るか探している人には、どんどん集まってきてもらいたいと考えています。
――ありがとうございます。最後に言い残したことはありますか?
黒田:基本的には僕たちは裏方なので、あまり積極的にメディアに出ていってないのですが、最近はPRチームが立ち上がって。業界では知られているのですが、一歩出ると全然知られていないので、これから会社の挑戦をもっと表に出していきたいと思っています。是非注目していただけるとありがたいです。
――「実はあのコンテンツを手掛けたのはstuでした」ということが、これからどんどん出てきそうですね。
黒田:そうですね。
――ありがとうございました!