起業に関心があるものの、「最初の一歩」を踏み出すことに戸惑いを感じる人は少なくない。スタートアップへの投資金額は増加傾向にあるが、「失敗した時のリスクの大きさ」や「ビジネスアイデアの不足」など、起業を阻む壁は依然として高くそびえ立つ。起業を志す人たちが一歩を踏み出すためのサポートが必要とされているのだ。
その課題の解決に挑むのが、DRG Fund代表パートナーの日下部竜氏だ。投資銀行を経て2017年にインキュベイトファンドに入社。アソシエイトとして3年間の経験を積んだのち、自らのファンドを設立した。
同氏が目を向けるのは、大企業に潜む「起業家予備軍」だ。「彼らを創業“以前”から支え抜き、共に勝ち筋を描きたい」と語る同氏に、DRG Fundに込めた覚悟を聞いた。
<プロフィール>
日下部竜 氏(DRG Fund 代表パートナー)
慶應義塾大学総合政策学部卒業。新卒で三菱UFJモルガン・スタンレー証券に入社。投資銀行部門のエクイティ・キャピタルマーケット部にて国内外における株式引受業務に従事した後、テレコム・メディア・テクノロジー・グループにて当該セクターのカバレッジ業務(クライアントへの資金調達及びM&A等の提案)に従事。その後、インキュベイトファンドに入社。国内最大規模のシードベンチャーキャピタルのアソシエイトとしてスタートアップの投資業務及び投資先の支援業務に従事。その他、スタートアップ及び投資家マッチングイベントのIncubate CampやIF Pitch Dayの開催責任者を担当。DRG Fund General Partnerとして独立。
大企業のビジネスパーソンの起業に関する不安を解消
──日下部さんが立ち上げたDRG Fund(以下、DRG)について教えていただけますか?
日下部:DRGは、シード期のスタートアップへの投資や支援をするベンチャーキャピタルです。大きな特徴は、起業家としてのキャリアを志す大企業のビジネスパーソンを、創業以前から支える点。投資銀行やコンサルティングファーム、商社など、一見スタートアップとは距離感がありそうな人たちに、起業の門戸を広げていきたいと考えています。
──なぜ大企業に特化しているのですか?
日下部:インキュベイトファンドのアソシエイトとして、公私ともにさまざまな人の相談に乗るうちに感じた問題意識が起点です。近年、スタートアップへの注目度が高まり、多くの大企業の若手ビジネスパーソンから、起業や転職の相談を受けることが多くありました。
彼らにとって、「転職」は近年かなり一般的になっていますが、「起業」に対する心理的なハードルが非常に高いことがわかったんです。具体的には、創業以前のキャリア形成や事業構想などに不安を抱えている。ミッションを与えられて遂行する立場から、事業アイデアやチーム組成、サービス開発・資金調達など、さまざまなことをゼロから考えなければいけない立場に変化します。
大企業は給与も安定していて、事業内容や業務フローも確立されている。その状態から、いきなり「無」の状態になるのは、多くの人が恐ろしさを感じるでしょう。熱意も能力もある人たちが躊躇してしまう姿を目にするうちに、もどかしい気持ちが大きくなっていきました。
こうしたボトルネックを解消し、大企業の人たちが挑戦できる土台を整えていけば、日本の産業はより活性化するのではないか。そう考えて、DRGを立ち上げました。
──特に、大企業のように起業経験者が周りに少ない場合は、ハードルも上がりそうですよね。
日下部:そうですね。そういったハードルを取り除くために、DRGでは彼らが仕事を辞める前から伴走し始めます。起業相談から始まり、事業構想を練り、戦略を考え、勝ち筋が見えたタイミングで会社の設立をサポート。創業後は資金提供はもちろん、チーム組成やサービス開発の支援をしていきます。
こういった取り組みを提供するために、
(①「起業家・スタートアップ・ベンチャーキャピタル」に関するキャリア相談
(②「事業構想」「ピッチ資料」「資金調達」に関するオフィスアワー
(③「短期間での起業準備をサポートする」Boot Camp Program
といった3つの窓口を用意し、一人ひとりの状況や要望に合わせて相談を受けたいと考えています。ここから沢山の起業家が生まれるようにサポートしていきます。
日下部氏をVCの道に誘った、シリコンバレーの景色
──「起業初期」のサポートに対する問題意識と、その解決に向けて動き出そうとする意志が伝わってきました。日下部さんは、いつごろからベンチャーキャピタリストとしてのキャリアを考え始めたのですか?
日下部:明確に意識し始めたのは、大学時代です。僕の祖父は経営者で、父も大企業の管理職だったので、子どものころから経済や経営の話を聞いていました。日本の産業に対して興味が湧き、経営について学びたいと考えるようになったんです。そこで、多くの起業家を排出している慶應義塾大学の総合政策学部に進学し、ビジネス系の学生団体に所属したり、大学のインキュベーターで働いたり、スタートアップでインターンをしたりと、経営に関わる学生生活を送っていました。
──スタートアップとは距離が近かったんですね。その中で、起業ではなくベンチャーキャピタリストに目が向いたきっかけはあったのでしょうか?
日下部:大学のインキュベーターに勤務していた時に、研修でシリコンバレーに行ったことが大きな転機になりました。現地の有力なVCである500 StartupsやPlug and Playに訪問。多くの起業家やベンチャーキャピタリストの話を聞くうちに、創業支援の手厚さや投資金額の大きさ、起業を肯定する風土など、日本との大きな違いを実感しました。
2010年代前半の日本は、金融機関系のVCが主流で、独立系VCは数カ所しか存在しませんでした。しかし、いずれアメリカのように独立系VCが台頭する時代が来るはずだと考えたんです。もともと一つの会社を経営するよりも、産業そのものを発展させていくことに関心がありました。独立系VCが台頭してきた時に、先駆者として波に乗り、日本の産業を変えうるスタートアップに投資をするのは、非常に面白そうだと感じましたね。
シリコンバレーの研修旅行にて(提供:TechWave 増田真樹氏)
──しかし、日下部さんは、新卒で投資銀行に入社されていますよね。
日下部:はい。確かに、新卒でVCに入社する道も考えました。しかし、今後、独立系VCが台頭してきたタイミングで、他のキャピタリストにはないスキルを身につけていたいと考えたんです。そこで浮かんだのが、M&AやIPOといったエグジットに大きく関わることができる、投資銀行でした。
3年間必死で働き、バンカーとしての自信が芽生えたので、今度こそVCに挑戦しようとインキュベイトファンドの門戸を叩きました。
投資先の存続の危機で実感した、ベンチャーキャピタリストとしての矜持
──なぜ数あるVCのなかで、インキュベイトファンドを選んだのでしょうか?
日下部:シード期の投資に関われるという点が大きな魅力でした。一緒にゼロから何かを立ち上げることは、最も難しく意義のあることだと感じていて、その最前線に立ち貢献する事に挑戦したいと考えました。
投資銀行の仕事はスケールも大きく、やりがいがありました。しかし、やりとりをする相手も大企業の資金調達の担当者か社内のチームメンバーに限られています。ビジネスの現場で働いている人たちの顔が見えないことがもどかしかったですし、そもそも自分がどれだけクライアントに貢献できているのだろうかと悩み始めました。
起業に関するリソースが少ないシードの段階の支援に携わり、ゼロから大きな事業を作る喜びを起業家とともに分かち合える。加速度的な成長を共に描いていきたいと考えたんです。
さらに、インキュベイトファンドは、「志ある起業家の挑戦を愚直に支え抜く」をモットーにしている。スタートアップの“中”に入り込んで、とことん支え抜きたいと考え、飛び込みました。
──実際に入社をしてからはどのような仕事を?
日下部:和田さん(インキィベイトファンド 代表パートナー 和田圭祐)のアソシエイトとして、投資先のソーシングやバリューアップのほか、スタートアップ経営者向けの合宿プログラム「Incubate Camp 12th」の運営もしました。インキュベイトファンドでの3年間は、ベンチャーキャピタリストとしての心得を学べた期間だったと思います。「Incubate Camp 12th」では全体統括を務め、イベントを成功に導いた。
──特に印象的だった出来事はありますか?
日下部:2年目のときに、投資先のスタートアップが存続の危機に陥ったんです。その企業にはもともと週2日ほど常駐していましたが、危機の直後は毎日通い、立て直しのために奔走しました。緊張感がある中で、従業員の皆さんの熱量に支えられましたし、GPの和田さんも寝る間を惜しんで対応にあたっていた。その結果、無事に危機を乗り越えることができました。投資先がどのような状況に陥っても支え抜くという、ベンチャーキャピタリストとしての覚悟を学ばされましたね。
創業前も創業後も、起業家とともに走り抜く
──インキュベイトファンドでの3年間を経て、ご自身のファンドを設立されました。現在はどのようなスタートアップに投資をしているのでしょうか?
日下部:独立から1年弱で3社に投資をしています。3社とも、商社や投資銀行、コンサルティングファームといった大企業の出身者が立ち上げたスタートアップです。彼らが会社を辞める前から起業の相談に乗り、共に事業構想を描いてきました。投資判断については、起業家と話をして構想を練り、お互いに勝ち筋が見えた瞬間に決めることが多いですね。
特に、起業家本人でさえ気づいていない強みを生かして「勝ち筋」を見つけ出すことを意識しています。例えば、投資先の一つであるPropallyは、不動産オーナー向けの収支管理プラットフォームを運営しています。代表の島田省吾さんは、当初はコラボレーションツールのサービスを構想していたのですが、本人も僕も納得できていませんでした。何度も壁打ちを繰り返すうちに、彼が投資用マンションを多く保有していることがわかったんです。深掘りしていくと、島田さんは不動産の収支管理の煩雑さに問題意識を抱えていた。そこで、現在のサービスを提案し、お互い納得のうえで、事業を始めることになりました。
──投資を決めた後は、どのようなサポートを?
日下部:毎日のように連絡を取り、同じ「経営チーム」の一員として伴走していきます。一緒に事業戦略をディスカッションしたり、サービスの顧客候補とのミーティングに同席したり、プロダクト開発や採用、資金調達にも携わったりと、投資先の“中”に入ることを意識しています。
先ほどのPropallyでは、始めに事業を一緒に成長させていくメンバーの採用支援しました。アイデアをいろいろな人に相談するうちに、僕の前職時代の知人が同じ課題を感じていて共同創業者としてジョインしてくれることになりました。また、アイデアを実装していくために、経験豊富なデザイナーや技術力のあるエンジニアを紹介。彼らは現在、プロダクト開発に携わってくれています。
加えて、Accuwealthという投資先も非公開の投資先でももちろん同様に起業家とチームと一緒に事業を前進させています。
──まるで、チームのメンバーのように支援してくださるんですね。
日下部:そうですね。こまめに連絡を取り合って、何か課題が発生したらすぐに話し合い、スピーディーに事業を進められるような環境を作っています。他にも挙げれば沢山ありますが、とにかく事業の成長に貢献できるように泥臭く取り組むことは大切にしています。
──一緒に勝ち筋を描いて支援してくれるのは、起業家にとっても心強いですね。
日下部:ありがとうございます。僕がサポートをしたいと考えている大企業の人たちは、バックグラウンドに強力な武器を持っていることが多い。ですが、先ほどもお伝えした通り、さまざまなハードルがあったり、自身の強みに気付かなかったり、事業構想に満足ができなかったりして、起業を躊躇してしまう場合もあるんです。
僕は、起業への関心や十分なバックグラウンド、能力はあるものの「迷い」があって踏み出せない人たちの背中を押し、共に勝ち筋を描いて事業を支援していきたい。その輪を少しずつ広げていくことで、優秀な人たちが起業に挑戦しやすい社会を作りたいですね。そのために、同じ船の乗組員としてどこまでも伴走し続けていきたいと思います。
──ありがとうございました!