内視鏡技術で、世界中の「がんの見逃し」を撲滅させる。
壮大な目標の元で活動するスタートアップが、 AIメディカルサービスだ。日本の内視鏡技術は世界シェアトップ、技術力も世界トップクラスだが、現場の医者が抱えるまだまだ膨大。自身も内視鏡医であるAIメディカルサービス代表取締役CEOの多⽥智裕は、そんな医者の負担を減らすべく「医療×AI」に挑戦している。
そんな多⽥に惚れ込んだのが、インキュベイトファンドGeneral Partnerの村⽥祐介。シードステージから投資をしているインキュベイトファンドだが、実は村田は創業前から多⽥に熱烈なアプローチを送っていたという。
2020年1月24日に開催された「THE FIRST ROUND - episode AI Medical Service -」では、そんな2人の出会いから挑戦の経緯、そして事業拡大のために乗り越えるべき壁や今後の目標が存分に語られた。研究開発型スタートアップの支援拠点であるKawasaki-NEDO Innovation Centerにて開催。モデレーターは、K-NICスーパーバイザーの武⽥泉穂氏。
プロフィール
株式会社AIメディカルサービス 代表取締役CEO 多⽥ 智裕⽒
ただともひろ胃腸科肛門科院⻑、東京大学医学部客員講師
東京大学医学部/大学院、2006年にただともひろ胃腸科肛門科を開業、わずか10年で内視
鏡検査9000件/年を行う埼玉県有数の診療所にする。日本外科学会専門医、日本消化器学
会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医。著書『患者に優しい“無
痛”大腸内視鏡挿入法』は内視鏡医の3人に1人が購入したベストセラー。
インキュベイトファンド General Partner 村⽥ 祐介
1999年に⾦融機関向けSaaSスタートアップに創業参画し開発業務に従事した後、2003年にエヌ・アイ・エフベンチャーズ株式会社(現︓⼤和企業投資株式会社)⼊社。
主にネット系スタートアップの投資業務及びファンド組成管理業務に従事。
2010年にインキュベイトファンド株式会社設⽴、代表パートナー就任。
メディア・ゲーム・医療・フロンティアテック関連領域を中⼼とした投資・インキュベーション活動を⾏うほか、ファンドマネジメント業務を主幹。 2015年より⼀般社団法⼈⽇本ベンチャーキャピタル協会企画部⻑兼ファンドエコシステム委員会委員⻑兼LPリレーション部会部会⻑を兼務。 Forbes Japan「JAPAN's MIDAS LIST(⽇本で最も影響⼒のあるベンチャー投資家ランキングBEST10)」2017年第1位受賞。
世界一の技術を持つ日本の内視鏡医をサポートする「医療×AI」
——本日はよろしくお願いします。まず、改めてAIメディカルサービスの事業内容をご説明いただけますか?
多⽥:こんばんは。AIメディカルサービスの多⽥です。まずは弊社のサービス内容を簡単にご説明します。弊社が現在開発しているのは、AIの画像認識能力によって内視鏡検査時の「がんの見逃し」を防ぐAIソフトウェアです。
そもそも日本は、内視鏡先進国です。日本企業製の内視鏡が世界シェア7割を獲得している上に、医者のレベルも非常に高い。日本の内視鏡医は、世界中で治療の指導をしています。なので、日本でなら精度の高い教師データが集まるんです。
では、そんな内視鏡医が抱える課題とは何でしょうか。大きく分ければ、「異常の見落とし」と「専門医の疲弊」の2つです。
現在、内視鏡検査では体内に入れた内視鏡が撮影した写真を、医者が1枚1枚全て目視することでがんを発見しています。とはいえ、胃内壁にある小さな病変を見つけるのは10年以上の経験を積んだ医者でも簡単ではありません。早期胃がんは胃炎に紛れて存在していることが多いため、がんの見逃し率は5〜26%程度だといわれています。
そこで、現在は複数の医者によるダブルチェックで見逃しを防いでいます。ダブルチェックを担当している医者は自分の業務に加え約3000枚もの画像を確認しており、ただでさえ激務だと言われる医者の大きな負担になっているんです。
——医者のチェック業務をサポートするのが、内視鏡AIだということですね。
多田:はい。現在はがん研究会有明病院や東大病院など全国約80の医療機関と連携しており、ここから集めた40万枚以上の画像からがんの形状を認識させます。同社の研究は、海外の医学会からも注目されていて、複数の論文を発表しているほか、世界最大級の消化器系学会「DDW(Digestive Disease Week)」での演題に採択されたこともあります。
昨今はよく「AIが人の仕事を奪う」と言われますが、チェックの抜け漏れを防ぐ存在として、医者の能力を拡張してくれるAIを目指しています。
起業家に一番近い位置で、伴走する
——ありがとうございます。続いて村田さん、自己紹介をお願いします。
村田:インキュベイトファンドでパートナーを務めている村田です。まず、私がどういう心持でVCをやっているのかをお話させてください。実は、もともと私もスタートアップを立ち上げて、VCや大企業から出資を受けたことがあるんです。
——そうだったんですか!? 村田さんのことをご存知でも、元起業家だとは知らなかった方も多いのではないでしょうか。
村田:ですが、結論資本政策の失敗が引き金となって会社をクローズすることになりました。。
当時コードばかり書いていたので、失敗後はもっと資本政策や会社経営に必要なことを学んでから起業しようと考えたのですが、その準備のためにまずはVCに挑戦することにしたんです。そのままVCにはまって、結局自分でファンドを立ち上げたということですね。
そんな経歴なので、僕はVCがどういう立場であるべきかをずっと考えています。起業家に対して偉そうに接する投資家もいますが、そういうのは絶対に嫌だった。
起業家にとって会社を立ち上げるのは一番苦しい時期だし、その後もチームの作り方や投資家との交渉の仕方、組織のストレッチの仕方など難しい課題だらけ。単なる投資家というより、彼らを支援できる存在になりたい。起業家と一緒に事業を拡大させる伴走者というのが、僕の理想のVC像なんです。
——元起業家というキャリアだからこそ、起業家の伴走者としてのVCになろうと思ったんですね。
開業まで、村田と多田の出会い
——では、続いておふたりが出会った経緯について伺います。多⽥さんはそもそも内視鏡医者をやっている状態でAIメディカルサービスを立ち上げられています。開業準備はどのように進められたのでしょうか。
多⽥:私は14年前に開業医として独立して、クリニックを経営しています。その意味では、AIメディカルサービスは2度目の起業ですね。AIメディカルサービスにほぼ専念しているいまでも週に一度程度、医者としてクリニックに出勤しています。
3年前の会社設立時に20人以上のVCにお会いしており、Incubate Campなどのアクセラレーションプログラムにも参加しています。振り返って実感しますが、この時期にたくさんの人に会うのはとても大ですね。
村田:Incubate Campはまず起業家が簡単な事業発表をした後、起業家と投資家がペアで一晩を共に過ごし、プランを磨いてもう一度プレゼンするという形式のイベントです。私は多⽥さんとチームを組み、一泊二日で事業プランをブラッシュアップさせていただきました。
多⽥:はい。この時私はまだ創業前だったのですが、すでに会社を設立している参加者ばかりの中で3位に入賞させていただきました。
——村田さんと多田さんのタッグが初めて誕生した瞬間ですね。おふたりがお会いしたのは、この時が初めてでしょうか?
村田:いえ、実はIncubateCamp前に一度お会いしたことがありました。この時に私が多田さんに一目惚れして……。会社設立前だったので、「創業日に投資させてください!」とお願いしたんですが、断られてしまったんです。
——出会った日に出資を宣言したんですか!? しかし、 2017年9月のAIメディカルサービス創業時には、インキュベイトファンドは出資されていませんよね。
多田:正直、当初は2億円の出資がどれほどすごいことなのかわからず……。Incubate Campが終わった後も、「これが僕のデューデリジェンスです!」といきなり飲みに誘われて。この時にも投資の提案をいただきました。
村田:出会っていきなり「2億円出します!」と宣言したので、警戒されたのかもしれません。結果、創業資金には多田さんと代表取締役COOの山内善行さんのお二人で2億4000千万円を自己出資されています。
多田:申し出はとてもありがたかったのですが、身銭を切った方が頑張れる気がして……。
村田:それでも僕は諦めきれず、創業後も株主でもないのに定期的に会社を訪問しました。レファレンス役として経営メンバーの採用戦略などを相談させていただいて。一番大変だった時期には、週4くらいでお邪魔していたんじゃないかな。いまは2週間に一度くらいに落ち着いていますが。
——そこまで村田さんが惚れ込んだ多田さんの魅力とは?
村田:単純に、私が多田さんの人柄が好きなんですよね。まだオフィスがオフィスのていをなしていない頃からお邪魔していましたから。
もう一つは、企業理念の素晴らしさ。世界中の人々の命を救う可能性のあるサービスが日本から出てくるのは、本当にすごいことです。VCとして「日本を代表する企業を育てる」ことを理念としている僕が、彼らを応援しないわけにはいきません。
資金調達のカギは起業家やリード投資家が「腹を括る」こと
——結果、インキュベイトファンドがAIメディカルサービスに出資したのは2018年8月のシリーズAです。この時の出資額は10億円ですね。なぜこのタイミングになって、多田さんは村田さんのプロポーズを受けたのでしょうか。
多田:創業資金でできることの目処が立ち、これからのためにもっとキャッシュが必要だと気づいた頃ですね。
村田:当初は5億円の出資をご相談いただいたのですが、私の方から「10億円出します!」と宣言しました。後で社内に説明するのが大変でした(笑)
——最初の出資に続き、すごく熱のこもったコミットメントですね。さらに2019年10月には、シリーズBとしてグロービス・キャピタル・パートナーズさんやWiLさんから約46億円を調達されています。いずれも大規模な調達です。
多田:この時には、私はほとんど投資家を訪問していません。村田さんのご紹介のおかげで、効率的に良い投資家さんに出会えました。
村田:このシリーズでも最初は20億円程度が目標でしたが、海外への売り込みや薬事承認のことを踏まえると、さらにコストがかかることがわかってきたんです。
大規模な調達はCFOがいなければ難しいと言われることがありますが、そんなことはないと思っていて。むしろ大事なのは、起業家本人やリード投資家がどれだけ「腹を括る」ことができるかどうかではないでしょうか。
それでいえば、ファイナンスはVCが存分に力を発揮できるタイミングです。VCはVC間双方の信頼関係の蓄積によって横の連携が新たに生まれ、それを循環させていく仕事でもあります。AIメディカルサービスのシリーズBでは、自分の信用貯金を全部使うつもりで様々な投資家さんを訪問しました。
「医療機器のサブスクリプション」実現のためにルールを変える
——調達資金の用途は、やはり製品開発でしょうか。医療系の事業はお金の流れが複雑なことも多いですが、改めてどのような仕組みのサービスにしようとしているのか教えていただけますか?
多田:内視鏡AIは、各医療機関にサブスクリプションモデルで提供しようと考えています。なぜかというと、内視鏡AIは、利用していただくことにより価値を体感してもらうものだと考えているためです。また、一回あたりの使用料を設定してしまうと医者が使用を惜しんでしまい、この人にはAIを使うけど、この人には使用を控えるといったことが起こりかねないため、月額定額制を考えています。
——では、いま提携している医療施設にとっては、臨床試験がそのままマーケティングにつながるということですね。
多田:そうですね。共同研究機関の皆様は、様々な意見フィードバックもらいながら一緒に開発しているので、私共のAIのメリットデメリットも理解して導入してくれる可能性が高いと考えています。
村田:AIメディカルサービスが提供するのは「ソフトウェア」なので、深層学習によって常に成長させた方がプロダクトが活きると考え、サブスクリプションモデルを検討しています。なので、数千万円で購入してもらって保守費用をちょっとずついただく一般的な医療機器とは、全く別のビジネスモデルになります。
そもそも、医療機器開発は非常にお金がかかる事業で、AIメディカルサービスのように製品をエンドユーザーに直接売る会社はほとんどありません。このやり方で市場を開拓するなら、サービス開発と同時進行で薬事承認や研究も進めなければならない。こうした開発の過程で、多額の資金が必要になるんです。
——もう一つの大きな課題は、先ほどから何度かお話に出ている薬機法でしょうか。
多田:はい。そもそも、いまは医療機器をSaaSで提供するサービスは存在していません。現行のルールでは、機器の性能が今日と明日で違う医療サービスはアウトなんです。私どもも、法令は遵守して、逐次のバージョンアップではなく手続きを踏んでの定期的なバージョンアップを想定しています。
村田:薬機法が日々アップデートしていく医療サービスをどのように扱うのか。これからはルールのアップデートも大切です。そのために僕も多田さんと一緒に経済産業省や厚生労働省を訪問しています。プロダクトだけでなく、時代にあったルールをつくらなければならないと考えています。
チームアップ
——多田さんは医者であり起業家でもありますが、どのようにチームを築いていったのでしょうか。
多田:僕はもともと開業医として事業を立ち上げたことはありましたが、医者はクリニックの経営全体に関わることをこなすオールマイティな立場です。その点、ベンチャーの組織づくりはまったく違います。
AIのことに詳しいエンジニアや、資金の専門家としてのCFO、薬機法の専門知識を持った人など、各分野のスペシャリストとチームを作り上げなければなりません。ベンチャーのチームアップについて、多い時は週3で村田さんに相談していました。
——最初はどのようなメンバーで創業したんですか?
多田:最初は私とエンジニアとだけで起業するつもりでしたが、それではダメだということで、COOを迎えました。なので僕と今のCOOの山内さん、エンジニアが2名で計4名ですね。
現在は約40人のチームです。エンジニア20名弱と管理部門、共同研究施設を回るメンバーや薬機法を専門にするメンバーもいます。
——メンバーの採用も村田さんがサポートしているんですか?
村田:はい、ひたすら面接しまくりました(笑)
一般的なプロダクトを開発して販売するベンチャーと違い、AIメディカルサービスはさらに複雑な組織構造になっています。特にソフトウェアで医療機器を開発するためには、まずはアカデミアで成果をつくり、医療機関の方々と一緒になって知財を確保して論文を書くなど、様々な工程が必要です。
なので開発チームには、アカデミアで成果を出すための研究や論文を執筆する部門、医療機関からデータをもらって深層学習させるエンジニア部門、それをユーザーである医者が使いやすいUIとして製品に落とし込んでいく開発部門、さらにそれを医療機器としての品質保証をするQMS(品質マネジメントシステム)の部門が存在します。ここに薬事承認を担当する部門や、総務や人事といった管理部門が加わるわけですね。
各部門の人材配置も大変なのですが、さらに大変なのはこれらのチームがうまく連動するようにマネジメントすることです。AIメディカルサービスの製品開発は、AIの精度がここまで上がったら製品部門がこの作業を進めよう、薬事部門がこういうコミュニケーションを始めよう、というように各部門の息がピッタリ合わないとうまく回りません。
また、会社の規模が大きくなれば、それに合わせてチームのシステムを更新しなければチームは崩壊してしまいます。というか、実際に崩壊しかけました。これは経験したことがない組織はないくらいのスタートアップあるあるで、組織の崩壊はあらゆる会社が抱える課題なんです。僕がAIメディカルサービスに出資してからはひたすらチーム作りを手伝っており、こういうピンチも一緒に乗り越えてきました。
世界中の内視鏡医療をリードする存在に
——お二人のタッグとしての意識や、チームづくりへの思いが伝わってきました。最後に、今後の理念や展望を教えていただけますか。
多田:AIメディカルサービスは、「医療×AI」のスターツアップだと思われることが多いが、私は内視鏡サービスしか手がけるつもりはありません。
いまは経済産業省やNEDOの助成金を受けていますが、これはグローバルな展開を期待していただいているからだと思います。ひたすら内視鏡に特化して、日本だけでなく世界に展開してく。そして、世界の内視鏡医療の発展に貢献して、がんの見逃しゼロを達成したいです。
村田:僕はこれまでたくさんのスタートアップに関わってきましたが、その中でも内視鏡AIはたくさんの人の命を助ける領域です。内視鏡検査は国内でもうすぐ3000万件に達する規模数で、その約2割で見落としが発生しているとすれば、約600万の人命を救うことができます。
さらに、世界にはまだまだ内視鏡が浸透していないマーケットがたくさんあります。これは鶏と卵の関係ですが、優秀な内視鏡医がいればそれだけ内視鏡の普及率が高まりますが、これは内視鏡メーカーだけでは取り組みづらい領域です。
ここに医者を助ける内視鏡AIが参入すれば、内視鏡はより普及する。また、AIメディカルサービスは胃だけでなく、内視鏡が使える消化器全体をカバーするという壮大な目標を掲げています。そうすれば、さらにとんでもない数の命を救えるかもしれません。
AIメディカルサービスがこれらをやり遂げれば、その時点で世界を代表する医療機器メーカーになっているのは自明です。人類全体に貢献できる企業をつくりあげるためにも、とにかくいまの事業を走りきりたいですね。
——多田さんはあくまで起業を患者さんを救うための手段の一つだと捉えており、そしてそれをチームでやりきりたいということですね。本日は、どうもありがとうございました。