起業準備中やスタートアップを経営する、多くの起業家がぶつかる大きな壁の一つが「資金調達」だ。事業の可能性を様々な投資家に認めてもらう必要があるが、これはとても難しいことである。投資家からの厳しいフィードバックに疲弊し、目標金額調達を諦めてしまう起業家も少なくない。では、資金調達を成功させるにはどうしたらいいのか?
そんな疑問に対し、『KiteRa』代表取締役CEO 植松氏は「資金調達は最後まで諦めないこと」が成功の鍵であると語る。同社は2019年4月に「社会保険労務士(以下、社労士)向けのプロダクト」を開発、11月にシードの資金調達を経て、2021年4月に総額3億円の資金調達を実施した企業である。この調達ラウンドに参加し、「このイベントに出ている中で、一番成功しそうな事業はこれじゃないか」と太鼓判を押した投資家が、XTech Venturesの手嶋氏だ。2人の出会いはIncubate Fundが主催する「Incubate Camp」である。
今回は、KiteRaが描いた資金調達のサクセスストーリーを植松氏と手嶋氏との対談から読み解いていく。そして、起業準備中やスタートアップの起業家に資金調達を成功のための「ヒント」を与えていきたい。
【プロフィール】
KiteRa 代表取締役CEO 植松 隆史
新卒で大手ハウスメーカーでのキャリアを開始する。その後SIerにて人事/経営企画に従事。2013年に社会保険労務士としての活動を開始し、株式公開のための内部統制整備をリードする。その後、 2019年4月に社労士法人KiteRa、株式会社KiteRaを創業、現在に至る。
XTech Ventures 手嶋 浩己
1999年一橋大学商学部卒業。新卒で博報堂に入社し、マーケティングプランニング、ブランドコンサルティング業務等を6年間経験する。2006年インタースパイア(現ユナイテッド)入社、取締役に就任。その後、2度の経営統合を行い、2012年ユナイテッド取締役に就任、2018年退任。在任中は多数の新規事業の立ち上げや、メルカリやクラシル等へのベンチャー投資、複数社のM&A等で貢献。2013年-2017年メルカリ社外取締役。2018年、XTech Venturesを共同創業し、現在は代表パートナーに就任。2019年には株式会社LayerXの取締役も務める。
創業の原点は社労士業務の非効率さ
── 早速ですが植松さん、KiteRaを創業されたきっかけは何だったのでしょうか?
植松:創業のきっかけは、私の原体験です。社内規程類を整備する仕事の中で、その管理や文書作成の非効率さを実感したことがKiteRa創業のきっかけです。私は、当時から社労士資格を保有していたのですが、当時は事業会社の人事担当をしていたため、社内事業として、手が空いているエンジニアとこそこそとスタートさせました。
その後、勤め先の会社がM&Aされるタイミングで、それまでにかかった費用を個人で買い取り、MBOという形で独立し、2019年4月に本格的に事業を開始しました。
── そこから、サービスをローンチをされたと思うのですが、事業自体は順調に進みましたか?
植松:当時はお金もなかったので、サービスも完全に煮詰まっていない状態でのリリースになりました。2019年7月のサービスローンチ後は、毎月数社しか導入いただけない状態が半年以上続き、常に「やめるか?」と迷っていました。最初はお客さんがなかなか獲得できなかったので、順調ではなかったと思います。
──そんな中、最初のシード調達に動き出されたのはいつだったでしょうか?
植松:会社を設立してすぐです。創業の際に日本政策金融公庫から創業融資で2000万円を受け取りましたが、結局その金額ではすぐに足りなくなり、VCへの資金調達活動を開始しました。
「社労士向けSaaS」を諦めかけていた時に、ダメ元で挑んだサーキットミーティング
──シード調達はどのように活動されましたか?
植松:創業してから、ピッチイベントに可能な限り登壇したり、出資者を走り回って探していました。しかし、実際はなかなか出資を受けるに至りませんでした。さらに、出資検討の際のミーティングで、VCからの質問攻めと、それに回答するための資料制作を何度も行う内に段々と疲弊していきましたね。その間のランニングコストの出費は止まらないわけで、特に当時開発は外注していたので、月々2、300万円 ずつ出ていくわけです。
手元資金が枯渇していく中で、このままでは埒が明かないと判断し、一度受託会社になり、規模を縮小する意思決定を執り行いました。それから、参加予定だったピッチイベントを次々と断っていったのですが、インキュベイトファンドさんの「サーキットミーティング」だけは参加辞退ができませんでした。そのため、「これで最後だ」と決め、ダメ元で参加しました。
そして本番を迎え、その晩に3社から声がかかりました。そのことを弊社のメンバーに伝えた所、「嘘ですよね」と誰も信じていないような返信が来たことを今でも覚えています。
お声がけいただいた中でも、特にインキュベイトファンド出身でライフタイムベンチャーズの木村氏からのオファーが印象的でした。
当時は事業のトラクションが出ていたわけでもないですし、私自身が過去に起業経験があるわけでもありませんでした。ただ、木村さんは的確なアドバイスをくださり、キャピタリストとして、いかに0=>1を作り上げるかにコミットされていたと思います。そして、木村さんからの出資が決まり、7月にサービスローンチ、11月に数千万円の資金調達をすることができました。
──シード調達のお話を聞いていると、紆余曲折があり、かなり苦労された印象を持ちました。
植松:そうですね。私自身、当時40歳を過ぎていて、子どもも居ましたので、調達期間の半年はかなり疲れました。ただ、今改めて振り返ってみると、出資先との「巡り合わせ」もあると実感しました。なので、資金調達は「粘り強く最後まで諦めないでやる」ことが重要な要素だと思います。
「インキュベイトキャンプ」が更なるアクセラレーションのきっかけに
──シード調達後、少し時間が経って2020年10月のインキュベイトキャンプにご出場いただきました。改めて、キャンプへの参加の経緯についてお聞きできますか?
植松:実は、当初、インキュベイトキャンプへの参加は後ろ向きでした。サーキットミーティングの後、良いトラクションが出ており、事業の成長が少しずつ見えていたため、事業開発に注力したいと思っておりました。ただ、木村さんから「出ない?」としつこく誘われたので、失礼な話ながら、有りものの資料で参加しました。
キャンプ前の面談は、IFパートナーの和田さんに担当いただき、何とか本番に出場できました。そこから真剣にやろうと思い、キャンプ当日を迎えた経緯です。
──本番では、植松さんは手嶋さんとペアを組まれました。インキュベイトキャンプでは、投資家側がペアを組みたい起業家を選ぶことができるのですが、なぜ、手嶋さんはKiteRaの植松さんを選ばれたのですか?
手嶋:事前に登壇企業さんたちの資料に目を通す中で、 KiteRaが一番良いなと思っていました。「一番成功しそうな事業はこれじゃないか」と思っていたので、本番のプレゼンを踏まえても、迷わずKiteRaを第一指名しました。幸い、KiteRaを第一指名していた投資家は私のみだったため、ペアを組むことができました。
──手嶋さんは、KiteRaの何が良いを感じ、第一指名されたのでしょうか?
手嶋:理由は大きく2つありました。まず、事業の解像度が高く、すぐに「プロダクトを見たいな」と思えたことです。インキュベイトキャンプは、シード/アーリー期のスタートアップ企業がたくさん出場します。この段階は、事業やサービスがまだフワッとしている企業が多いです。その点、KiteRaは他の参加企業に比べて頭ひとつ抜けておりと私は感じ、事業モデルが解像度高く理解でき、ペルソナとしている社労士の方やその顧客に対する価値が十分想像できました。
次に、想像を上回るトラクションが出ていたことです。特に、「商談〜契約までの平均日数が3日〜7日以内」には驚きました。最短ではなく、平均3日〜7日で、私の感覚からすると有り得ない数字です。一般の事業会社だと、契約締結は初の商談から3ヵ月とか半年だったりします。3日〜7日では、メールの返信すら来ないですからね。
──植松さんはこのトラクションの凄さを認識されていましたか?
植松:全然分かっていませんでした。私達が提携している社労士事務所では、所長さんやパートナーの方が意思決定すれば、それで契約が決まります。これは、我々の顧客属性特有なのですが、これが当たり前になって、トラクションの凄さに気づけていませんでした。
──KiteRaは総合2位、初日から2日目の順位の伸びが最も良かったということで、ベストグロース賞も獲得されました。この結果につなげるために、キャンプ期間中に意識されたことは何かありましたか?
植松:手嶋さんから言われたことは、資料の見せ方でした。先ほど挙げたような、良いトラクションを「もう少し強調したほうが良い」、「こういう見せ方をしたほうが良い」といったアドバイスを頂き、それを元に資料を改善していきました。
手嶋:そうですね。先ほど挙げたような良い数字が、資料の中にシレっと小さく書いてあるので、このままでは素通りしてしまうだろうと思いました。なので、そこを改善するようにアドバイスをしました。
──インキィベイトキャンプでの出会いも相まって、 KiteRaは2021年4月に手嶋さんのXTech Vnturesから出資を受けていましたね。
手嶋:基本的に、条件が合えば投資したいなと思っていました。ただ、植松さんや木村さん、KiteRaの社内の方などの関係者と意見を一致させる必要があると思い、キャンプ終了から1週間後、一度弊社に来てもらい、プレゼンをしていただきました。
その際、2つ確認したいことがありました。1つ目は、KiteRaのチームです。次に、キャンプで事業概要は理解していたので、サービスのデモを中心にプレゼンしてもらいました。この2つを見て、これは想像以上に良い会社だと改めて思い、投資を決定しました。
植松:XTech Vnturesに投資いただいた後は、毎月手嶋さんと定例のMTGをさせていただいています。毎回のMTGでは、弊社の心構えや事業をする上での方針に関するアドバイスを端的に仰っていただいています。
──具体的にどのようなアドバイスをしていただいていますか?
植松:最近は「自分たちの気持ちの良い速度で事業をやるな」とアドバイスいただきました。つまり、今はトラクションが出て、キャッシュフローも安定してきていています。得てすると、私たちが「細く長く気持ちの良いスピード感で事業を行ってしまう」兆しがありました。これを手嶋さんにアドバイスされた時に、「私達は緩やかなビジネスモデルを考えていたわけでは無いよね」とハッとしました。
諦めず資金調達に臨むことが事業成長につながる
──最後に、起業準備中もしくは、シード期の起業家の方々に、資金調達についてや、事業を作り上げる上での心構えについてアドバイスいただけますか?
植松:資金調達は、最後まで諦めず取り組むことが成功の鍵です。前述したように、投資家との「巡り合わせ」もあると思います。その点で、自分たちのビジネスモデルを一番に理解してくれそうなキャピタリストを粘り強く探し続けることが大切だと思います。
また、私たちは社労士というバーティカルでニッチな顧客層をターゲットとしてサービスを展開しています。バーティカルでニッチな領域でも、その領域のトップを取ると、他に展開しやすくなると思います。その点、私は広く浅くよりも、狭く深くのほうが最初のスタートとしては良いなと思っています。社労士というプロ人材を相手にしているからこそ、プロダクトも研ぎ澄まされ、一般の事業会社様にも展開しやすくなるわけです。
我々のような、バーティカルSaaSはマーケットサイズが小さいと必ず言われます。ただ、そこでマーケットシェアをしっかり握れると、他の領域への進出の選択肢が自ずと広がっていくと思います。
手嶋:私は、成功する起業家には「運を引き寄せる行動がある」と思っています。資金調達に関して言うと、「どのようにしたら、資金到達ができる状況に少しでも近づけるのか」を考え、そのためには「出資を受けるための最低限の情報が必要」だから、「起業家や投資家とのネットワークを作るためにサーキットMTGやインキュベイトキャンプに参加する」といった行動を起こす。このように、運を引き寄せる行動を最大化したほうが良いと思います。
──ありがとうございました。