スタートアップを経営する上で避けて通ることのできない資金調達。どんな手段があるのか、あなたは把握できていますか?今回は、起業を考えている方やスタートアップを経営している起業家の方々に向けて、資金調達の基礎知識をお伝えしていきます。
※本記事は、インキュベイトファンドが主催する起業家向け勉強会「Incubate School」の内容を記事化したものです。インキュベイトファンドが主催する勉強会に興味がある方は、ぜひメンバーシップに登録してイベント開催情報を受け取ってください。
資金調達の基礎(1) スタートアップ資金調達の2つの手段
資金調達の手段としてシード期のスタートアップが取り得る選択肢は、大きく分けてデットファイナンス(Debt Finance、借入)とエクイティファイナンス(Equity Finance、増資)の二つがあります。起業家はこれらを組み合わせながら、将来的により大きなキャッシュフローを生み出し続けることを目指します。では、それぞれの資金調達手段には、どのような違いがあるのでしょうか?
デットファイナンスは必ず返済する必要がある
デットファイナンスというのは借入のことで、主に銀行などの金融機関から資金調達する手段です。調達可能額は、シード期のスタートアップだと500万円から多くても2000万円程度が相場になってきます。融資の意思決定までには約2〜3ヶ月かかります。返済期間は、基本的には当年ないし翌年から返済が始まり、3〜5年で返済する必要があるものが多いです。
金融機関側は、基本的には元本の返済と利息の回収によって、デットファイナンスを事業として成立させています。起業家が返済を行う原資は、事業を運営する上で創出された売上や、その売上から費用を差し引いて残った利益です。金融機関側の期待するリターンは、年間で1〜4パーセント程度の金利です。借入を行うと、BS(バランスシート)上では負債として計上されます。
このようにデットファイナンスは、ごく近い将来に生み出される利益を原資として借入を起こしていくような性質を持っていると言えます。実際に創業初期に借入を起こそうとすると、基本的には個人保証(破産した後も経営者個人が返済することの保証、担保など)が必要となる場合が多いです。
結局のところ、デットファイナンスとは必ず返済する必要がある資金であると言えます。
エクイティファイナンスは自社株式の割当、返済は不要
エクイティファイナンス、つまり増資のお金の出し手は、主にベンチャーキャピタルやエンジェル投資家です。エクイティファイナンスで調達可能な資金はデッドファイナンスと比較して相対的に大きく、シード期でも500万から多くて数億の資金調達をすることが十分可能です。意志決定までの期間はVCやエンジェル投資家によってまちまちですが、シードの場合はかなり早いスピードで意思決定がされるケースが多く見られます。即日オファーが出る場合もありますが、数週間から数ヶ月での投資意思決定がおよそ一般的です。
エクイティファイナンスの場合返済の必要はありませんが、VCファンドには償還期限が存在し、ファンドを運営していく以上キャピタリストはリターンを出す必要があるため、起業家は何らかの形でイグジット(Exit)を達成することが求められます。イグジットを目指すまでの期間は、投資のタイミングではなくファンドの組成時から償還期限(10年間が多い)までであるため、例えば投資のタイミングでファンド組成時から既に2年経過していた場合は、8年後までにイグジットすることが求められます。
VCやエンジェル投資家はキャピタルゲインを得ることによって資金を回収します。企業価値を増大させることで、その企業価値を売買できるような機能を持った取引市場、例えば東京証券取引所などに上場(IPO)してから株式を売却、もしくはM&A(合併・買収)のように誰か特定の相手に対して売却をしていくという方法でイグジットし、キャピタルゲインを得ます。
VCファンドのパフォーマンスの尺度にはIRR(Internal Rate of Return、内部収益率)というものがあり、投資した資金が期間中に何パーセント大きくなったのかの値が算出できます。そのIRRを年利に換算すると、年利30パーセント程度が起業家に対してVCが期待するリターンになります。また、エクイティファイナンスでの調達資金は、BS上では純資産として、つまり資本金として計上することができます。
以上からエクイティファイナンスとは、起業家は自社の株式を新規発行して特定の第三者に割り当て、投資者は会社の株主としての権利を保有し必要な際にその権利を行使できる仕組みであると言えます。
シードラウンドにVCの出資は必要?
近年シードラウンドの資金調達のプレスでも、個人投資家や事業会社のみが参加していてVCが参加していない、という例が散見されます。VCが入っていないことによって、その後の資金調達での評価が低くなるなど、何か不利益は起こりうるのでしょうか?
このようなVCの不参加は、VCの値付けと事業会社の値付けのロジックの違いに起因するもので、場合によっては不利益が起きることもあります。VCは基本的に償還期限のあるファンドを組成しているため、ファイナンシャルリターンを求めます。一方で事業会社は、提携や受発注関係など投資先企業とのシナジーを期待して投資するため、VCがファイナンシャルリターンを求めるのとは違ってストラテジックリターンを求めます。
ストラテジックリターンを主な目的とする投資家から出資を受ける場合、その投資家はシードラウンドのバリュエーションによってファイナンシャルリターンを得る必要がないため、資金調達を行う起業家にとっては有利なバリュエーションがつけやすい状況になります。これは起業家にとって大きなメリットと言えますが、一方でデメリットも存在します。そのシードラウンドでのバリュエーションが次の投資家に受け入れられない場合、つまりVCがファイナンシャルリターンを得るには大きすぎるようなバリュエーションを事業会社が許容してしまっていた場合は、次のラウンドでVCが参入しづらいという事態が起こり得ると考えられます。
シードラウンドでのバリュエーションが高すぎたと判断された場合、ダウンラウンド(時価総額よりも低いバリュエーションでの増資、既存株主の利益が損なわれる)になってしまう可能性や、そもそも次のファイナンスが成立しない可能性もあります。このような事態を防ぐために、J-KISSなどのコンバーティブルエクイティ(Convertible Equity、新株予約権)といった手段を使うことができます。あえてシードラウンドにおいては値付けをしないことによって、VCが参加しない事業会社からのファイナンス時にも次のシードやシリーズAの段階でVCが参入しやすいような状況を作ることが十分可能になります。
資金調達の基礎(2) スタートアップが利用可能な資金調達メニューとは?
ここまででお話したようにスタートアップの資金調達手段には大きく分けてデット・エクイティの2種類があるわけですが、実際のところ、スタートアップが利用可能な資金調達メニューないし金融機関はかなり限られています。ですから、少ない手札の中で、いつどのようなカードを利用するかということは非常に重要な選択となってきます。では、スタートアップが利用可能な資金調達メニューは具体的に何があるのでしょうか?それぞれの資金調達メニューの特徴を、簡単に紹介していきたいと思います。
一定期間経営に役立つ特典が提供されるアクセラレーションプログラム
エクイティファイナンスで利用可能な金融機関は、基本的にアクセラレーターとVCです。前者のアクセラレーターでは、アクセラレーションプログラムに採択された企業に対して一律の条件で数百万の投資を実行するようなプログラムが用意されています。例としては、株式会社デジタルガレージによるOpen Network Lab(Onlab、オンラボ)などが挙げられます。このようなアクセラレーションプログラムに参加することにより、参加したスタートアップは資金のほか一定期間メンタリングやアドバイザーの利用、オフィスの無料貸与などの特典を受けて経営に役立てることができます。
VCと個社毎の交渉
後者のVCでの資金調達メニューとして、まず個社毎の交渉があります。交渉の中で契約内容をまとめていく形になるため、投資決定までには1週間から数ヶ月程度、相応の時間がかかってきます。VCと個別で交渉する場合、VC各社のバリュエーションや投資判断の基準はそれぞれ異なるため、どのVCに当たるべきなのか、自分たちのステージや事業領域に応じて適切に判断する必要があります。
また、シード段階でVCにコンタクトする場合、その面談がどのフェーズでの面談であるのか明確にすることが重要です。アイディア段階でフランクな相談・ディスカッションをしたいというのはアリですが、その面談の位置付けをはっきりしないままアイディアを伝えた場合、全然事業プランが固まっていないという低評価を受けて2回目以降のアポが取りづらくなる可能性もあります。まだ投資判断してほしい段階でないのであれば、その旨をしっかりコミュニケーションした上でVCと付き合っていくことが大切です。
VCによるSpray&Pray型のファイナンスプログラム
VCでは、バリュエーション固定のファイナンスプログラムを作っている場合もあります。こうしたプログラムは契約内容が予め決まっており、応募すれば即日投資が決まる場合もあるなど、投資実行までの期間が非常に短いのが特徴です。調達可能額は数百万〜数千万などプログラムごとに固定の金額が定められています。内容が一律でより多くの企業に投資できることから、Spray&Pray型(「数撃ちゃ当たる」を期待する)の投資とも呼ばれています。
デットファイナンスでは債務超過に注意!
デットファイナンスで利用可能な金融機関は、大きく分けると日本政策金融公庫と市中銀行の二つがあります。ここで注意しなくてはならないのは、スタートアップの事業計画はエクイティ調達だけでキャッシュフローを回せるように立てるべきだということです。つまり、デットはあくまで補完的な存在で、調達できたらラッキーぐらいの感覚を持っておく必要があります。
過度に借入を行うと債務超過のおそれがあり、資金の貸し剥がしが発生したり、アクセラレーターやVCが出資しづらくなったりという事態に陥る可能性があります。また、既にデットを借りすぎてしまっている状態だと、エクイティが調達できないというピンチが発生した時の対応として、借入を行ってなんとかサバイブするという選択肢も取れなくなってしまいます。エクイティとデットのバランスを考えるときは、債務超過にならないことを一つの指標にしておくと良いでしょう。
日本政策金融公庫から借入可能な「経営力強化資金」
日本政策金融公庫からの借入で利用できる一つ目の資金調達メニューは、経営力強化資金です。2000万円を上限に借入が可能で、これは無担保無保証で本部を通さず各支店の裁量で融資を決定できる実務的な上限額です。据置期間(元本の返済を待ってくれる、利息だけ返せばよい期間)は半年から1年程度で、融資期間は5年程度です。この経営力強化資金を申し込む場合は、専門家(税理士など)を経由する必要があり、税理士に対して成果報酬を支払う必要があります。
自己資本とみなされる借入「資本性ローン」
日本政策金融公庫で利用できる二つ目の資金調達メニューが資本性ローンです。これが一般的にスタートアップ向けと言われているメニューで、メリットとしては調達可能金額が大きいという点があります。支店決裁と本店決裁の2段階審査を経て、最大4000万まで調達することが可能です。最近のケースだと、3000万程度がこの方法での調達金額の平均と言われています。
また、もう一つのメリットに、この資本性ローンは負債ではなく自己資本とみなされるという点があります。融資期間が5年以上で返済は満期一括償還であることから、長期間返済義務がない資金が入ることによる経営の安定や財務内容の改善が見込まれるため、実際には負債であるにも関わらず自己資本とみなしてよいとされています。したがって、資本性ローンによって自己資本の厚みを増し、市中銀行からさらに借入を起こすということも可能になってきます。
この資本性ローンには、国民生活事業と中小企業事業の二種類があります。国民生活事業はシード〜シリーズAでの利用が多く、中小企業事業は売上数億といった規模に成長してきたシリーズA以降の企業の利用が多いです。上限額が国民生活事業だと4000万であるのに対し、中小企業事業は3億円まで借入が可能になります。ただし、中小企業事業は国民生活事業よりも審査の条件が厳しくなり、借入までのハードルはかなり高くなります。
エクイティでの調達前なら選択肢になりうる「新創業融資」
日本政策金融公庫で利用可能な資金調達メニューの三つ目に、新創業融資というものがあります。しかし、これはあまりスタートアップ向けではありません。なぜなら、これは基本的には調達資金を使って早期に黒字化することを目標とするメニューであり、数年後にスケールすることを目指して足元のマネタイズを無視した経営を行うスタートアップには合致しないからです。スタートアップが新創業融資を受けるとしたら、会社設立時には比較的早期に黒字化するような事業計画を提示することで新創業融資を受け、その後に赤字を掘っていくような事業計画に変更するという、スモールビジネスからスタートアップに方向転換する舵切りが必要になってきます。エクイティファイナンスを行った後では、新創業融資の調達は難しいでしょう。
「保証協会付融資」から市中銀行との付き合いをスタートする
デットファイナンスで利用可能な金融機関のもう一つが、市中銀行です。基本的に市中銀行はスタートアップに対する融資のハードルが高いですが、保証協会付融資の仕組みを用いることで貸付をしてくれる可能性があります。保証協会とは、企業側が信用保証料を支払うことで、銀行への返済が滞った場合代わりに返済をしてくれる公的機関です。この保証協会付融資は500万から2000万程度という少額での借入になりますが、将来的に同じ銀行からプロパー融資(保証協会を介さない融資、数十億の融資も可能)を行っていくことも考えられるため、保証協会付融資から銀行との付き合いを始めていくという意味でも良い選択肢の一つと言えます。
付き合っていく銀行を選ぶ上では、スタートアップ向けの銀行がいくつか存在するため、そういったところに積極的に相談に行くと良いでしょう。例えば、みずほ銀行、りそな銀行、きらぼし銀行などは銀行の中でもスタートアップへの貸付に対するハードルが比較的低いと言われています。
また、もしVCから調達済みなのであれば、スタートアップ融資に前向きな担当者をキャピタリストから紹介してもらうと、借入できる可能性が高まります。スタートアップに貸付をした経験がある担当者とない担当者では全く対応のスムーズさが違ってくるので、スタートアップに百戦錬磨の担当者と出会えるかという点も、デットファイナンスに成功するためには重要です。
売掛債権や在庫を担保にキャッシュフロー改善できる「債権担保融資」
市中銀行からの資金調達メニューのもう一つに、債権担保融資(ファクタリング)というものがあります。大口の売掛金が発生するビジネス、例えばSaaS企業などが利用可能で、企業が持つ在庫や売掛債権を担保として借入を行うことができます。事業内容によって数百万から数十億の借入が可能で、東京都の企業であれば都による支援制度も利用できます。
資金調達の基礎(3) スタートアップがエクイティファイナンスを行う4つの意義とは?
エクイティファイナンスで資金調達するということは、何を意味しているのでしょうか?そこには、ただお金を得るというだけの意味ではない、もっと大きな意義があります。ここからは、その意義とは何なのかを説明していきたいと思います。
「返さなくていい」大きな資金調達の手段
まず一つ目に、返済の必要がない大きな資金調達の手段であるということが挙げられます。創業期に数千万という調達をしようとすると、実際のところデットだと数百万から数千万、そのなかでも前半の金額が限界でしょう。それ以上の資金をシード期に調達するための手段を探そうとすると、エクイティぐらいしか存在しないというところにたどり着きます。エクイティで調達した場合の資金は短期的には回収されないため、その調達した資金を用いてプロダクトの開発など、目下本当にやりたいことに対して集中することができます。これがエクイティで調達するメリットであり意義の一つです。
スタートアップとしてトライするという決意
二つ目は、スタートアップとしてトライする決意が求められるということです。外部株主が増えることで、その企業は創業者だけのものではなくなり、ステークホルダーが増えます。それによって、上場やM&Aなど何らかのイグジットを目指すことに向けた外的な圧力が生じてきます。
また、スタートアップとしてトライしていると資金調達ニュースなどでメディアに取り上げられる機会が増えるため、注目度が高まります。スタートアップとして自分たちはどんなことを実現していきたいのか、社会に対してどんな価値提供をしていきたいのか、などの点を発信する機会をより多く与えられるため、顧客や競合など幅広い人たちからスタートアップとして幅広く認知・可視化されていくことになります。
経験豊富なキャピタリストを経営チームに引き入れる
三つ目の意義は、出資するVCのキャピタリスト個人を経営チームに引き入れることができるという点です。キャピタリストは多くのスタートアップの成長段階を見てきているため、百戦錬磨のキャピタリストが経営に参画する、例えば社外取締役に就任することによって、必要な時に的確なアドバイスを受けることができるという非常に大きなメリットが生じます。キャピタリストが社外取締役としてジョインしているような会社に対しては、様々な重要な局面、例えばM&Aのオファーが来た時や銀行から借り入れを起こす時、新たな取引先との大きな取引をすべきかの判断などという様々な重要意思決定のタイミングにおいて、経験豊富なキャピタリストが相談相手になることができます。
キャピタリストを経営に引き入れるべき理由として、伴走者という立場のプロとしてのノウハウが蓄積されているということも挙げられます。起業家には特定の領域において自分で事業を回していけるだけの専門性が求められる一方で、キャピタリストはより多くの企業を同時並行的に見ており、見てきた結果としての集合知を形成しています。どういう集合知を持っているキャピタリストなのかによって、起業家に対する伴走の仕方が全く異なります。集合知という観点でキャピタリスト一人ひとり、あるいはVC一つ一つを見ていくことは、付き合っていくキャピタリストないしVCの上手な選び方の一つです。
さらに、昨今のVCはただ出資するだけではなく、HR(Human Resource、人材採用)のサポートや、VCにいるPRの専門家が一緒にそのスタートアップを盛り上げていくなどの様々な機能を保有しています。VCのキャピタリストを経営に引き込むことには、VCが持つ様々な機能をスタートアップのグロースのために活用できるというメリットもあります。
資本金の厚さ≒信頼感
四つ目に、資本金の厚さが信頼感に繋がる場合があるということが挙げられます。その企業の事業内容によるところもありますが、例えば公共領域において入札などが必要になる事業内容のスタートアップなど、信頼性が資本金の厚さに現れてくるような領域においては、資本金としてエクイティで調達していることが信用力に繋がります。そして、エクイティでの調達実績があることによってデットの借入もしやすくなるという相乗効果もあります。また、資本金が厚いからこの企業はすぐには倒れないだろうという信頼感があることによって、労働市場に対する採用力が上がることも考えられます。
まとめ
・エクイティとデットを適切に使い分け、バランスを取ることが重要
・会社がどのフェーズのときにどの資金調達メニューが利用可能であるか把握しておこう
・エクイティを調達したなら、VCやアクセラレーターが持つ経営資源を積極的に利用するとよい