調達に成功している起業家は、どのようにVCから調達したのか──。
事業を飛躍的にグロースさせるうえで、原資となる資金の調達はスタートアップにとって必要不可欠だ。だが、プロダクトが未熟で信用も少ないシード期の調達は一筋縄ではいかず、苦戦を強いられる起業家も少なくないだろう。Incubete Camp14th主催の「シード期のVC資金調達のリアル」は、普段語られることの少ない「資金調達」にまつわるエピソードを深掘りし、資金調達を検討する起業家にヒントを届けていくためのイベントだ。
第1回の「YAGO井上さんのケースに学ぶ シード期のVC資金調達のリアル」では、株式会社YAGO代表取締役の井上貴文氏と彼に伴走するインキュベイトファンド代表パートナーの赤浦徹が登壇。同社は、オンライン習い事マーケット『classmall(クラスモール)』を運営し、2021年2月にインキュベイトファンド、アプリコット・ベンチャーズ(現 mint)、W venturesなどから約1億円の資金を調達した。
井上氏は、2020年のインキュベイトキャンプへの参加をきっかけに、新たなプロダクトの構想と資金調達のチャンスを得たという。同氏は、いかにしてチャンスを生かし、資金調達につなげたのか。インキュベイトファンドのアソシエイトで、Incubete Camp14thの主将の青野佑樹のモデレートのもと、井上氏と赤浦が語り合った。
プロフィール
井上 貴文 氏(株式会社YAGO 代表取締役)
新卒で楽天入社。楽天市場事業、社長室など歴任。2014年にフリマアプリ「ラクマ」をリリース後、2016年に「フリル」買収。
2017年にAnyPayに入社、代表取締役に就任しペイメント事業統括。2019年 8月に株式会社YAGO創業。
赤浦 徹(インキュベイトファンド 代表パートナー)
ジャフコにて8年半投資部門に在籍し前線での投資育成業務に従事。1999年にベンチャーキャピタル事業を独立開業。以来一貫して創業期に特化した投資育成事業を行う。2013年7月より一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会理事。2015年7月より常務理事、2017年7月より副会長、2019年7月より会長。
青野 佑樹(インキュベイトファンド株式会社 アソシエイト)
2014年みずほ銀行入行。支店にて中堅中小企業を担当後、2016年にみずほ証券に出向。投資銀行部門にてECM業務に従事。みずほ銀行に帰任後は営業部にて主に上場企業を担当。2018年インキュベイトファンドに参画し、投資先企業のバリューアップ業務等を担当。神戸大学 法学部卒
テクノロジーを解放して、個人や中小企業をエンパワーメントする
青野:みなさん、こんばんは。インキュベイトファンド アソシエイトの青野です。本日は、YAGOの井上さんの様々なエピソードを深掘りしながら、資金調達や事業展開においてのヒントをみなさんにお届けしていきたいと思います。始めに、お二人から自己紹介をお願いできますか?
井上:YAGOの井上と申します。2007年に新卒で楽天に入社し、インターネットショッピングモールの「楽天市場」や、フリマアプリの「ラクマ」を担当していました。10年間楽天で経験を積んだあと、2017年にフィンテック系スタートアップのAnyPayにジョインし、代表取締役を務めていました。新たな挑戦として、「個人や中小企業の成長支援をしたい」という思いから、2019年8月にYAGOを創業しました。よろしくお願いします。
赤浦:インキュベイトファンド 代表パートナーの赤浦です。新卒でジャフコに入社し、8年半勤務したあと、独立しました。それ以来、創業前後のスタートアップに投資し、成長を支援するスタイルを貫いています。井上さんには、2020年のインキュベイトキャンプでお会いし、出資をさせていただきました。本日はよろしくお願いします。
青野:ありがとうございます。YAGOを初めて知る方もいらっしゃると思うので、簡単に事業内容をご説明いただけますか?
井上:YAGOは「テクノロジーを解放して個をエンパワーする」ことを経営理念に、予約・決済システム『YAGO(ヤゴー)』と、オンライン習い事マーケット『classmall』を提供しています。
『YAGO』は、「あなたのブランド=屋号(YAGO)を育てよう」をコンセプトに、スタジオやスペースの貸し出しをするオーナーに向けたサービスです。顧客の予約状況の管理や、事前のオンライン決済などができます。
『YAGO』の利用イメージ(提供:YAGO)
井上:『classmall』は、ヨガやピラティス、ヘアメイクなど、特定の領域のスキルのある人が、オンラインレッスンを提供できるマーケットプレイス型のサービスです。主催者は、内容、開催時間、価格を決めてレッスンを作成でき、受講者は『YAGO』を通して、レッスンの予約と支払いができます。
今はヨガやフィットネスに特化したレッスンをお届けしていますが、今後は美容や音楽、料理などにも広げていく予定です。
『classmall』の利用イメージ(提供:YAGO)
青野:ありがとうございます。井上さんがインキュベイトキャンプに申し込みをされたのは、ちょうど創業から1年のタイミングだったと思います。その当時は、どのような課題をお持ちでしたか?
井上:1つ目のプロダクトの『YAGO』のアップデートを直前に控え、構想はほぼ固まっていたのですが、今後の展開をもう少し突き詰めたいと考えていました。
そんな時に、創業時から相談に乗ってくださっていた、アプリコット・ベンチャーズの白川さん(代表取締役/ジェネラル・パートナー 白川智樹氏)にインキュベイトキャンプの存在を教えてもらいました。16組の起業家と投資家がペアを組み、一泊二日で事業をブラッシュアップするイベントだと伺い、事業案のブラッシュアップや調達の機会にもつながりそうだと感じ、応募を決めました。
予約・決済サービスに「集客」をプラス。メンタリングで出た思わぬアイデア
青野:ここでインキュベイトキャンプについて、簡単に説明させていただきますね。インキュベイトキャンプは、本気で資金調達を目指すシード/アーリーステージ起業家のための「合同経営合宿」です。
起業家の方には初日にピッチをしていただきます。それを見た投資家全員が、ローテーションで起業家をメンタリング。その後、起業家と投資家のペアを決め、翌日の最終ピッチに向けて、事業プランのブラッシュアップを行っていきます。
2020年は、井上さんと赤浦さんがペアを組みましたよね。赤浦さんに対して、どんな印象を持ちましたか?
井上:私のバックグラウンドや創業への想い、目指している世界など、私個人のこと深掘りしてくださったのが印象的でした。
10年ほどECの運営経験があることをお伝えしたところ、「『YAGO』でスタジオやスペースの予約・決済システムを提供するだけでなく、専門のスキルを持った人が集客できるような機能をプラスすることで、井上さんの経験を生かせるのではないか?」というアドバイスをいただきました。もともと、「楽天市場」の担当者として、加盟店と購入者の双方にアプローチする戦略を考えていたので、これまでの経験が生きそうだと感じました。とても素敵なアイデアだったので、赤浦さんとペアになれてとても嬉しかったです。
株式会社YAGO 代表取締役 井上 貴文 氏
赤浦:『YAGO』のプロダクト自体は完成度が高いと感じたので、「どんな付加価値を届けられそうか?」を考えることにしました。「楽天市場」での経験はもちろん、「ラクマ」をゼロから成長させた手腕もお持ちだったので、この実績はぜひ活かすべきだと感じ、提案しました。
青野:そのアイデアが、『classmall』の原型になったんですね。ペアを決めた後、翌日のピッチに向けて事業案の内容をブラッシュアップしていきますよね。実際のブラッシュアップは、どのように行われたんですか?
井上:サービスの内容と、ターゲットを明確にしました。いずれは幅広いジャンルの集客に対応できるサービスにしたいと考えていたのですが、最初は特定領域に特化して狭く深く入り込んだ方が、サービスの質を徹底的に磨き込めると考えました。
赤浦:「専門のスキルを持った人がどのように集客をするべきか」を考えたときに、そのスキルを人に教える「習い事」のアイデアが浮かんだんですね。習い事のプラットフォームを運営し、スケールさせていくうえでは、「レッスンの質の高さ」と「集客面でのフック」が必要です。そこで、近年健康志向の高まりから人気があり、多くの顧客を抱えるインフルエンサーが講師に存在する「ヨガ」と「フィットネス」にフォーカスすることにしました。
井上:影響力と専門性を持ったインストラクターの人たちが、本当に成功できるプラットフォームにすれば、必然的にレッスンの主催者もそれを求める受講生も集まってくるはず。ヨガとフィットネスのインストラクターにオンラインレッスンを提供するためのメニューを用意して、専門のコンサルティングサービスを含めた導入・集客支援をする方向に定めました。
赤浦:インキュベイトキャンプでのブラッシュアップは時間が非常に限られているので、前半でビジネスモデルを固め、後半は資料への落とし込みとピッチの練習をしていきましたよね。
井上:そうですね。限られた時間ではありましたが、赤浦さんには何十回もピッチを聴いていただき、本番では、これまでで最も納得感のある出来になったと思います。
2日目の最終ピッチでの井上氏
ローンチ2カ月で、20回以上のリピーターも
青野:インキュベイトキャンプでサービスの方向性が大きく変わったんですね。ローンチに向けてはどのように動き始めましたか?
井上:スピード感が重要だと思うので、実用最小限に機能を絞って開発しました。結果的に、3カ月ほどでローンチできたんです。インキュベイトキャンプで赤浦さんと話した打ち手を、ほとんどそのまま実現しました。
青野:かなりスピーディですね。ただ、当初は構想していなかったサービスなだけに、驚いたチームメンバーもいらっしゃったのではないでしょうか。
井上:当初はヨガやフィットネスに特化することは想定していなかったですし、その領域に関心が持てないというメンバーもいました。しかし、ヨガとフィットネスで成功事例を作ったうえで、いずれは領域を広げるつもりでしたし、「個人や中小企業の成長支援」という会社の経営理念に変化はありません。むしろ『classmall』は、理念に近づくための一歩になると説得しました。
ローンチから2カ月ほど(2021年4月時点)ですが、20回以上リピートしてくださる受講生もいらっしゃって、少しずつ受け入れていただいているように思います。
青野:おっしゃる通り、目的地そのものを変えたわけではないですものね。
インキュベイトファンド アソシエイト 青野佑樹氏
井上:そうですね。合わせて、資金調達に向けても動き始めました。インキュベイトキャンプ終了後、たくさんの投資家の方々とつないでいただきました。キャンプでペアを組んだ赤浦さんはもちろん、審査員として参加されていたW venturesの新さん(代表パートナー 新和博氏)からの出資も決まりました。
赤浦:YAGOへの出資は、最終日のピッチを終えて、ハイタッチした瞬間に決めていました。ペアを組んで試行錯誤していくうちに気持ちが盛り上がってきますし、対等な立場でコミュニケーションを取れるからこそ、仲間意識が芽生えるんですよね。
青野:インキュベイトキャンプは、YAGOにとって成長の糸口を掴む大きなきっかけになったんですね。
インキュベイトキャンプを通して、VCを最強の味方に
青野:今日のイベントの参加の皆さんの中には、資金調達への悩みや不安をお持ちの方が多くいらっしゃると思います。井上さんは、創業前後の起業家の皆さんにどのようなことを伝えたいですか?
井上:自分が「好きだ」と思える領域に取り組むことが大切だと思います。私は今、『classmall』を通してマッチングプラットフォームを運営していますけれど、これまでの経験をユーザーに還元できて、非常に楽しく取り組めています。やはり、自分が心から楽しいと思えるか、どこまで夢中になれるのかは事業を展開していくうえで非常に大切だなと実感しますし、投資家の皆さんを巻き込むうえでも、説得力が増すと思うんですね。
赤浦:やはり、「何としてでもこの事業に取り組みたい」という強い情熱は大事ですよね。私自身も人を巻き込むほどの強い情熱を持っている方に投資をしてきました。今取り組んでいる事業が心の底から納得できる領域なのかどうかは、入り口として欠かせないと思います。
井上:今、自分が心から取り組みたいと思える分野で生き生きと仕事ができているのは、インキュベイトキャンプの存在が大きかったと感じています。私はインキュベイトキャンプに参加するまで、出資を受けたことがなく、正直少し躊躇していたんです。でも、インキュベイトキャンプに参加し、赤浦さんを始め、多くの投資家の皆さんとディスカッションするうちに、自分の強みに改めて気づくことができました。
実際に出資を受けてみたら、3社のVCの方々と一緒に事業を作っている感覚を持つことができていて、勇気を出して参加してみてよかったと感じています。もっと早くから、いろいろな投資家の皆さんのお話を聞いておくべきだったと反省しています(笑)。
インキュベイトファンド代表パートナー 赤浦徹氏
赤浦:私は、資金調達を考えているのであれば、インキュベイトキャンプへの参加はお勧めしたいですね。起業家と投資家がフラットな立場でタッグを組んで、濃密な時間を一緒に過ごすことで、お互いの相性を確かめることができますし、投資家自身もこの先も一緒に事業を成長させたくなってしまうんですよ(笑)。
青野:半数ほどの企業は、インキュベイトキャンプをきっかけに出資が決まりますよね。井上さんのように、資金調達の経験がない企業も過去には参加していますし、2020年は特に創業前後の起業家に特化して支援をしていきたいと考えています。
まだ会社を作っていない、これからプロダクトを考えるという段階の方も、インキュベイトキャンプ本番まで、一緒にブラッシュアップしていくプログラムも検討しておりますので、ぜひご応募いただければと思います。
参加者の皆さん、井上さん、本日は貴重なお時間をいただき、誠にありがとうございました!
次回イベントについて
2021年6月1日に、同シリーズのウェビナー「Kitera植松さんのケースに学ぶ シード期のVC資金調達のリアル」を開催いたします。
詳細は、こちらをご確認ください。
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